図々しく生きていこう。その一歩が、“スローコミュニケーション”という文化につながるから。

[第8回みみここカフェ イベントレポート]

Screen photo at the start

すべての人の「伝えたい」が歓迎される“スローコミュニケーション”な社会づくりの第一歩として開催しているダイアログイベント「みみここカフェ」。

聴こえない・聴こえにくい方々、何かしらの理由で生き辛さを感じている方々が安心して困りごとを話せる場として、2020年10月より2ヶ月に1度開催を続けてきました。回を重ねてきた今では、聴覚障害のみならず、視覚障害、身体障害、LGBTQ、難病など、さまざまな特性を持つ方、関心のある方々が集う多様性豊かな場となっています。

8回目となる今回は、ある参加者の方の変化をみんなで祝福する場面も。笑いと涙にあふれた当日の様子をレポートでお届けします。

※過去の「みみここカフェ」レポート
【第1回 2020年10月開催】障害をこえて誰もが心通じあえる社会は、つくれる。
【第2回 2020年12月開催】誰もが特性を持って生きている。“人と人”として向き合うということ。
【第3回 2021年2月開催】ごちゃまぜだからこそ、”自分”がわかる。わかりあえる。
【第4回 2021年4月開催】「あなたのことをわかりたい」。支援する側・される側、その想いが交わるとき。
【第5回 2021年6月開催】「聴こえる・聴こえない」「男・女」じゃなく、「私は私」。”2極の世界”から飛び出して、軽やかに生きるために必要なこと。
【第6回 2021年8月開催】笑顔の先に、あらゆる障害のない社会を見据えて。
【第7回 2021年10月開催】“適度な無関心”が居心地の良い社会をつくる。

 

全員の環境が整うまで、スローな気持ちで。

2021年12月19日、冬の青空が広がった日曜午前。参加者のみなさん5名とスタッフ5名がオンラインで顔を合わせました。これまで「みみここカフェ」では、手話通訳に加え、音声認識ソフトによる字幕表示を行い、どんな方でも対話に参加できる環境を整えてきました。

今回は、さらに便利なツールを使用しようと、ZOOMに入ってくださった方から一人ずつ、細かな調整を試みることからスタート。難聴のユミさん、そして初参加で聴こえないアキコさんの環境がなかなか整わず、スタッフ総出で知恵を出しながら、おふたりのよりよい環境づくりをサポートしました。

 

Zoom environment adjustment photo

  

調整は予想以上に難航し、時間を要しました。でもスタッフとの細かなやりとりの結果、おふたりが「字幕の画面が見えました!」と笑顔を見せてくれたときは、全員から拍手が沸き起こりました。

この結果、スタートは30分遅れに。でも全員の環境が整うまで待つということに、参加者の間にも暗黙の了解がありました。途中、ユミさんからは「もう時間の無駄なのでなんとか聞き取るから進めてください」という発言がありましたが、聴こえない方々は日頃、コミュニケーションにおいて遠慮の心が当たり前のように湧いてくるのだと思います。

「みみここカフェ」においては、遠慮もためらいも取っ払って全員が全員の心に耳を傾ける。環境が整ったら、みんなで祝福する。それが、当たり前。これぞ“スローコミュニケーション”と言えるスタートとなりました。

photo of a smile at the end of Zoom adjustment
ようやく環境が整い、笑顔の参加者のみなさん。全員にとって居心地の良い環境づくりが、みみここカフェの“当たり前”です。
対話を諦めない。「わかる」ということの価値を共有する時間

Photograph of the rules of philosophical dialogue
哲学対話のルール。「みみここカフェ」では、聴覚障害の当事者である代表の那須かおりと一緒に、
誰もが気軽に発言でき、みんなの意見が尊重されるフリートークの時間をたっぷりと取っています。

こうして無事に、今回も哲学対話がスタート。

「どなたか話したい方はいらっしゃいますか?」

司会進行・市川(4Heartsサポーター)の問いかけに、まず手を挙げたのは、レイさん。自己紹介でも「みみここカフェの常連」と語ってくださったとおり、いまやこのイベントに無くてはならない存在。聴こえの困りごとはありませんが、ジェンダーフルイドであるレイさんの視点はみなさんに大きな気づきを与えてくれます。

レイさん 先程調整をしていたときに、「音量をゼロにしたら聴こえないみなさんの気持ちがわかるかな?」と思ってやってみたんです。そうしたら、字幕は早いし誤字脱字も多いし…。日常がこうなんだなぁ、と気づきがありました。

これまでのみみここカフェでも、聴こえない方の困りごとをお聞きしてきましたが、「本当はこういう会話がしたいのに」といった気持ちがありましたら、教えてもらえたらうれしいです。たとえば、ぼくはコーヒー屋なんですが、店員と話したいこととか、ありますか?

レイさんの問いかけに答えたのは、初参加のアキコさん。15年前に突然聴こえなくなったというアキコさんは、30歳で覚えた手話を使って気持ちを表現してくださいました。

アキコさん 私の場合は声は出せるんですけど、発音が得意ではなく、特に濁音が苦手で…。なので、「通じないだろうな」と思って声は出さないようにしています。お店の方には、「筆談をお願いします」と伝えて書いてもらっていますが、自分の伝えたいことを書いて見せるということはあまりしないので、そういう行動を変えていかなきゃな、と思っています。

Photos of Rei and Akiko
レイさん(左中)の問いかけに答える、アキコさん(右中)。

初参加のアキコさんに対して、歳を重ねて難聴となったユミさんは「15年前、全く聴こえない状態になったのですか?」と問いかけました。アキコさんが「段々と聴力が落ちたのではなくて突然失聴したのでびっくりしました」と答えると、ユミさんもご自身の状態を打ち明けました。

ユミさん 私は少しずつ聴力が落ちて、今はほとんど聴こえない状態ですが、しゃべることには不自由しません。ただ、アキコさんがおっしゃったみたいに、自分は筆談を求めているのに、自分は相手に対して筆談をしないんですね。

聴こえない人同士で話すときも、自分が聴こえないくせに、相手にどうしていいかわからなかったりする。聴こえる人と話すほうが楽だったりして、そういう自分はダメだなぁ、とよく感じます。最近は自ら筆談するようにしていますが、習慣ってそういうことから身についていくものなんでしょうね。

でも本当に、自分が聴こえないということを伝えるのは難しいです。

ユミさんの体験談に、アキコさんは「私も同じ気持ちです」と共感。レイさんは「聞いてもいいですか?」とさらに問いかけました。

レイさん 「耳が聴こえないことが伝わらない」というのは、相手に「こうしてほしい」ということが伝わらないということでしょうか?

発言の真意を理解することを諦めないレイさんのあり方に、ユミさんも必死で答えようとします。

ユミさん 聴こえないと伝えているつもりなのに、相手の態度が変わらないんです。「書いてください」とお願いしても、近づいて大きな声で話してきたりする。家族も同じで、そういうことを何度も経験しています。

相手が気持ちよく話しているときにそれを遮断して「私は聴こえていない」と伝える勇気もないんですよね。

 

Yumi's photo
ありのままの体験と気持ちを語ってくださるユミさん(画面中央)。

「私も同じ経験がたくさんあって」と語り始めたのは、4Hearts代表の那須です。

那須 私は生まれつき聴こえないのに、口話教育を受けたのできれいに話せてしまうんです。多くの人は「聴こえない人=話せない人」と思っているので、「聴こえない」と伝えても、とっさに対応できないんじゃないかと思います。

那須の発言に関心を寄せたのは、ユウさん。幼い頃に片耳が聞こえなくなり、現在は線維筋痛症も患っているユウさんは、LGBTQ当事者の立場からの声も届けてくださり、みみここカフェにとって欠かせない存在です。

ユウさん みみここカフェに初参加してからずっと疑問だったんですが、那須さんのように、聴こえない状態で話せるようになるっていうのはどういうことなんでしょうか?どうやって練習したら話せるようになるのか教えていただけるとうれしいです。

那須に初めて会った人が必ず疑問に思うであろうこの問い。なんでも聞ける安心の空気があるからこその発言です。那須は4歳で聴こえないとわかってからのことを思い返すように語り始めました。

那須 聴こえないとわかって慌てて発声を教えられたんですが、物理的に喉を震わせる方法を身体に覚え込ませているだけなんです。だからお腹から声を出すのではなく、喉をギュッと締めて無理やり音を出している感じで。30分くらいしゃべっていると喉が疲れちゃいますね。

Nasu's photo
自分の体験をありのままに語る、4Hearts代表の那須(左上)。

ユウさんはじめ、参加者全員が那須の子どもの頃の訓練に思いを馳せていると、那須は重ねて、12月で卒業した茅ヶ崎青年会議所の仲間とのやりとりについて笑顔を浮かべながら語り始めました。

那須 理事長にヘッドホンを付けて、聴覚障害者体験をしてもらったんです。そうしたら、自分の声が聴こえないから、ものすごく大きな声を出すんですよね。「周りに迷惑だから声を抑えろ」ってみんなに言われても、「抑え方がわからない」って。

でも私はそれができるんですよ。人と話すときは、小さい声から話してみんなの様子を見て合わせていきます。

「イヤホンつけて音楽聴きながらしゃべるときと似ていますね」とユウさん。やっと那須が話せる理由、そして「聴こえない」という状態を想像でき、ホッとした笑顔を浮かべました。

「聴こえない」世界を、諦めずに知る、伝える。

ここでユミさんは、自分の聴こえていた頃から現在までの変化について語り始めました。

ユミさん 私は聴こえていた頃の経験に頼って生きているんですが、聴こえなくなってきて相手への伝わり方もわからなくなって…。今は言葉を音ではなく、手話や筆談を通して目で見て感じながら身体に染み込ませていくようなことを新しく体験し始めています。

手話って楽しいですよね。見えてくる言葉を、聴こえてくる言葉とは別のものとして楽しめる。聴こえる体験と聴こえない体験を一回の人生で両方できることを今は楽しんでいます。アキコさんはどうですか?

聴こえない人生も楽しみ始めたというユミさんの問いかけに、アキコさんもご自身の人生を振り返り、語り始めました。

アキコさん 私は3歳のときにろう学校に入り、発声の練習をしました。家でも厳しく教えられて、他の友達よりも聴こえて音楽もできたので、小学校1年生のときに普通学校に通いはじめて、友達には「聴こえない」じゃなくて「耳が悪い」と伝えていました。でもいつも「いじめられないかな」っていう不安があって、おとなしく生活していましたね。

重ねてユウさんも幼い頃からの歩みを振り返ります。

ユウさん 私は幼稚園のときから40年くらいずっと右耳だけが聴こえないまま生きてきました。そうすると自然に、飲み会も会議も一番右の席を選ぶし、友達と歩いていてもスーッと右にずれていくんです。でも、母も途中から右耳が聞こえなくなって。そうすると、お互いに右に行きたくて、永遠に右の取り合いをしていますね(笑)。

右が聴こえないっていうのは、言わないとまわりのみんなはわからないことが多いですし、わからないように自分でスッと動いてきました。でも多分、子どもが保育園に行きはじめてから「子どものことだから聞き逃しちゃいけない」って、ベクトルが変わりました。みんなに「もし話しかけても私が無視しているときは、聴こえないことを思い出してポンポンってしてくれると助かります」って言えるようになりましたね。

Yuu's photo
片耳の聴こえないユウさん(画面中央)。

 

那須も続けます。

那須 私は右は補聴器ですが左は人工内耳が入っていて、左のほうがパワフルなんです。だからいつも人の右に立つようにしていますが、そのうち右も今以上に聞こえにくくなったら人工内耳にしようと考えています。それは音が聴こえるようになることを目指すのではなくて、どっちかというと、自分の身を守るためなんです。ちょっとした音が入れば、振り返ったり、音に気づいてとっさに自分の身を守れたりするから。

那須の発言にレイさんは「人工内耳ってどういうふうに聴こえるものなんですか?音色なんかも聞き分けられる?」と率直な疑問を投げかけ、この後、数回のやりとりを交わしました。

那須 人工内耳はもともと聴こえていた人に効果があるんですよ。音の記憶と電気信号を合わせていくリハビリをするんですけど、私は生まれつき聴こえていないので音の記憶がない。だから効果が薄いと言われました。それでもいいからちょっと音を取り入れたいな、と思って人工内耳にしたんですよね。

レイさん 雑音みたいな違和感ってありました?

那須 めちゃめちゃありましたよ。最初の3ヶ月は、全ての音がアルミホイルをクシャクシャにしたように聞こえて。それを音の記憶と結びつけて確認していけば音の形になっていくんですが、私の場合は、生まれ直して赤ちゃんからはじめるように訓練していきました。

レイさん 今はどんな音でも判別できるように?

那須 いや、あまりできていないかも。

レイさん たとえば車の音とか自転車のチャリンチャリンって音は判別できます?

那須 道路脇だとわからないですね。車の音とかぶってチャリンチャリンは聴こえないです。だから「身を守るため」と言っても、どの位置からどのくらいの速度で近づいてくるのか、というところまではやっぱり判別は難しい。安心はできないです。

レイさん じゃあやっぱり人工内耳が入っているからって「聴こえる」とは言えないですよね。ぼくの感覚からすると「聴こえるわけない」と思っていたんですが、それを聞くのも失礼なのかな、っていろいろモヤモヤしてました。

最後に「なんか、本当にありがとうございます」と語ったレイさん。「聞くのは失礼かもしれない」という想いを乗り越えて問いかけてくださったからこそ、みんなが那須の状態を「わかる」ことができました。「わかる」ことの価値をみんなで共有できた時間でした。

私は、こう生きる。それぞれの選択

ふたりのやりとりを真摯に受け止めていたユミさんも、自らの体験を語り始めました。

ユミさん いくら機械を耳に入れたからといって、自分の耳で聞いている人たちのように聴こえるようにはならないんですよね。私も補聴器をいくつも切り替えて使ってきましたが、やっぱり機械ですから。それは機械音であって、人間の声を生の声として伝えてくれるわけではないんですよね。音楽も美しい音で聴こえてくることはないですよね。

ユウさんも、補聴器を検討した経験があるのだとか。

ユウさん 私も右耳に補聴器をつければ両方聴こえると思って耳鼻科の先生に相談したことがありますが、左が聴こえていると右は雑音しか聴こえませんよ、って言われました。試したことがないんですが、逆に今は試してみたいですね。

そんなユウさんに、ユミさんは「今の補聴器はそれぞれの聴力に合わせて調整してくれるので、昔みたいに雑音しかないということはないと思います。挑戦してみてください」とアドバイス。

一方、アキコさんは「聴こえないのに耳鳴りが酷いので、補聴器も人工内耳もしていない」と発言。「人工内耳は怖くなかったですか?今すごく迷っています」と那須にアドバイスを求めると、那須は「怖かったけど、音が全く入らないという状態は仕事をするときもすごく困ったので、人工内耳入れるしかなかった」と応答。アキコさんは聴こえなくなったことをきっかけに、仕事を変えたそうです。

アキコさん 以前は人と関わる仕事が多かったんですが、聴こえなくなってからは人と関わる時間を減らしたくて仕事を変えて、今は農業をしています。今の生活のほうがいいかな、と思っています。

悩みながらも人生の選択を続けている様子のアキコさんに対し、ユミさんは、穏やかにエールを送りました。

ユミさん 私も5年ほど前に人工内耳を入れるかすごく悩みました。ただ、年齢と自分のやりたいことを考えたときに、「聴こえない耳でもやっていけるんじゃないかな」と思って、迷いがすっかりなくなりました。「どうやって生きていくか」っていうことですよね。大いに悩んでください。

Photos during a serious dialogue
現実は変えられない。だから、社会を変えていく。

ここで「失礼な言い方かもしれませんが…」と切り出したユウさん、「耳鳴りが酷いとき、耳を切り落としたい!って思ったりしないですか?」とアキコさんに問いかけました。すぐに強く頷いたアキコさん。「耳と言うより、首から上を取りたい!って気持ちになります」と語りました。線維筋痛症を患うユウさんも同じ気持ちでいるようです。

ユウさん 私は足が痛くて、地面に接するのがすごく辛いときがあって、「足を切り落としたいー!」って泣いているので、同じ感じです。しんどいですよね、しんどくて歩こうって気が起きない日もあります。だからアキコさんの耳鳴りも「使えないのにうるさい」みたいなしんどさがあるよね、って思ってしまいました。

「本当にそうですよね」と応答したアキコさんに続き、那須も「だから明るく乗り切るしかないんですよね」と言い切りました。

アキコさん 治そうと思うと苦しくなるので、もう治そうと思わない。今は農業が楽しいですし、夫は手話で話してくれて、耳鳴りが辛い時も「辛い」ってはっきり言えます。周囲や家族の理解があるので暗くならずにいられますし、普通の生活ができる環境があることはありがたいな、と思っています。

「そういう状況をつくれたことがすごいです」と那須。「自分の困っていることを伝える方法がわからなくて。どうやってその状況をつくったのかなって」と、主催者である那須が参加者のアキコさんにアドバイスを求める場面も。主催者と参加者の壁を越えて、だれもがフラットでいられる対話が続きます。

アキコさん 私も実家の家族の中にいるときはみんなの口の動きを読むのが大変で、疲れちゃうときもあります。でも今は夫と二人暮らしで、一対一の会話だけですし、夫はすごく理解があって、もともと自分の気持ちをはっきり言う人なので、私も安心して自分の思っていることを言えるんですよね。夫と出会ってからは、「なんでも言っていいんだ」「相手に失礼かな?とか考える必要はないんだ」と思うようになりました。

強く頷きながら聞いていた那須は、アキコさんの話から、現在力を入れているスローコミュニケーションプロジェクトの活動の原点を再認識した様子です。

那須 アキコさんが「最初言えなかった」っていう気持ちはすごくわかります。私も伝える方法がわからなくて、諦めちゃう事が多かったんです。「伝えても大丈夫」「言っていいんだ」っていう成功体験をちょっとずつ積み重ねて、やっと自分の気持ちを伝えられるようになると思うんですが、そのためにはまわりが「安心して伝えてくれていいよ」という状況をつくらないといけない。だから、スローコミュニケーションプロジェクトでは「受け取る側も変える」ことを大事にしているんです。そういうまちづくりをしていきたいですね。

 

Slow communication slide photo
4Heartsが現在、活動の軸に置いている「スローコミュニケーションプロジェクト」。
伝える側と受け取る側、双方の変化から社会づくりを目指しています。

「変わったね、良かったね」

「最初は伝えられなかった」と言う那須やアキコさんの発言に対し、レイさんはご自身の考えを伝えてくださいました。

レイさん ぼくは、自分の性別感覚だけはうまく伝えられませんでしたが、それ以外のことは、けっこう図々しく言っていたんですよね。「そうやってみんなも言えばいいじゃん」って言ったら、「君たちみたいに失礼じゃないから」って言われたことがあるんですが、いい意味で常識を踏まえつつ、図々しく言える人が増えたらいんだろうな、って。安心して言えばいいんじゃないですかね。

ユミさんはレイさんの言葉をきっかけに、自分の歩みを振り返ってこう語りました。

ユミさん 8月に参加したとき、「誰にもうまく伝えられない」とすごく愚痴ったんですよね。それから4ヶ月近くたって、「人にうまく伝わった」という体験をいくつかしました。

先日も、10年ぶりくらいの友達4人と久しぶりに会ったんですが、そのうちのひとりが小麦アレルギーで外食が一切できない人だったんですね。その人が、「自分は何も食べられない」っていうことをLINEに何度も送ってくるんです。それを見て、この人も自分のことをわかってもらえない経験をしているんだな、って思って、私も聴こえないことを何度も伝えました。

当日4人で集まって、公園で座り込んで話し始めたんですが、みんなそれぞれに筆談ボードを持ってきてくれて書きながら話してくれました。4時間休みなく話して、本当に楽しい時間で。だから伝えることを惜しまないことが大事なんだな、って思いました。

家族も最近変わりはじめていて。『ろうを生きる』というテレビに出演したことで、改めて私のことが家族にも伝わったんです。まず孫が手話を少しずつ覚えはじめてくれて、いままで伝わらなかったもどかしさが少しずつ解けています。みみここカフェがきっかけで、少しずつまわりが変わりはじめています。

うれしそうに語るユミさんの様子を見て、8月のみみここカフェでも顔を合わせていたユウさんは、「岩浪(ユミ)さんがすごい変わった!」と、感動とともに伝えました。「わー、うれしい。一番うれしい言葉!」とユミさん。

Yu-san and Yumi-san's photo
「変わったね、良かったね」と祝福するユウさん(右)と、「うれしい」と素直に受け取るユミさん(左)。

ユウさん 4ヶ月経ってすごく変わってる。しんどそうだったけど、変わってる。よかったね、がんばったね。

ユウさんの語りかけに、ユミさんの目には光るものが。津金も続けます。

津金 ユミさんは、会うたびに顔が明るくなっていくのがわかります。「楽しいの」って言ってくれるのがうれしい。これからも一緒に楽しんでいけたらいいな、って思っています。

ユミさんは涙ながらに、感謝の気持ちを伝えてくれました。

ユミさん 今年は新しい友だちが増えて、これまで予想していなかったような人生が開かれている気がしています。これからまだまだよろしくお願いします。

変わった誰かを「よかったね」と祝福できること。自ら「変わった」と実感できること。回を重ねてきたみみここカフェが生み出した価値は確かにここにあるとだれもが実感したひとときでした。

図太く伝えて、図々しく生きて生こう

最後のチェックアウトの時間には、参加者一人ひとりが2時間をゆっくりと振り返り、思いを語りました。

初参加のアキコさんは、心を言葉にできることの価値を「わかる会話」という言葉で表現してくださいました。

アキコさん まわりに聴こえない友達がいなくて、なんでもいいから会話をする機会がほしくて初めて参加しましたが、わかる会話ができてうれしかったです。自分の中にモヤモヤとまだ言葉にできないものがありますが、それも自然と表現できるといいな、と思いました。これからも参加していきたいです。

photo of Akiko having fun
アキコさん(右)は、丁寧な手話と明るい笑顔でみみここカフェを楽しんでくださった様子。

レイさんは、みみここカフェに参加するようになってからの自分自身の変化を振り返り、こう語りました。

レイさん ぼくは2回めの参加で自分のことを伝えられて、この1年ですごく変わったんです。「ぜったいわかってもらえるわけない」って諦めていたんですけど、「わかんないけどそのまま受け入れてもらえたらいいんだ」って気づけたのが大きな収穫でした。伝えていくことで、社会のつなぎ役になれたらいいのかな、って思いました。

続いてユウさんは、岩浪さんやレイさんのように「私も変わりたい」と正直な気持ちを語ってくださいました。

ユウさん 私は病気を発症してから10年以上経ちますが、コロナをきっかけにすごく悪化して、ここ1〜2年はうつうつと生きてきました。8月に話を聞いた岩波さんがいま、すごく明るくなったことは、自分にとって大きいです。今日来てすごく良かった。私も自分を開放してあげられたらいいな、って思いました。

ずーとみんなの話を聞いていたハナコさんも、最後に声を聞かせてくださいました。ハナコさんは、全身性エリテマトーデスという難病を患っていて、現在は癌を併発し、治療中です。

ハナコさん 今日はふたつ感じたことがありました。ひとつは、みなさんの話を聞きながら、聴こえ方もそれぞれで、人工内耳だったり補聴器を使っている方も手話も筆談の方もいて、私の友達には手話は使えるけど使いたくないという人もいて。やっぱり人対人なので、お互い伝え合ってわかりあっていかないといけないと思いました。

もうひとつは、岩浪さんの「自分のことを伝えることを惜しまない」って言う言葉がすごい響きました。私は今、手が硬直してしまって筆談も難しくて今日は発言できなかったんですが、手話も筆談もできないってことも伝えればいいんだな、って。伝えていくのは、「かわいそう」とか「がんばってる」って思ってほしいのではなくて、「ハナコっていう人間がいる」ってことをわかってくれるだけでもいいのかな、って思いました。

  

photo of Hanako having fun
病気の治療中で体調がすぐれない中参加してくださったハナコさん(中央)。

ユウさん、ハナコさんの気持ちを受けて、ユミさんは精一杯の言葉を贈りました。

ユミさん 「よかったね」って言ってもらえてうれしいし、その言葉をハナコさんやユウさんに届けたい。また会いましょうね。今日は本当にありがとうございました。みなさんに感謝しています。

みんなが祝福の拍手を贈る中、那須は最後にこう伝えました。

那須 私も日々、心が折れそうなこともあるんですけど、みんなの話を聞いて、「よっしゃ、もっとがんばろう」、「状況は変わらないから明るく乗り切ろう」って思うんですよね。「自分はこうだから」って図太く伝えて、図々しく生きて生きましょう。今日はありがとうございました!

photo of everyone's smile at the end

「図々しく生きよう」と語った那須の言葉、みなさんはどう感じましたか?

私は、そう思える彼らに心からの敬意を表するとともに、困りごとを抱えた彼らが一生懸命図々しく伝えなければ気付けない、変わらない社会のあり方に、モヤモヤを感じずにはいられませんでした。聴こえに困難を感じている彼らは、これだけの決意をしている。じゃあ、聴こえる私たちは…?

彼らの心に本当に耳を傾けている?
すべての“伝えたい”を歓迎できている?

改めて、自らを省みるきっかけをいただきました。

“スローコミュニケーション”な社会を実現するためには、聴こえる人も社会の中にあるバリアに気づき、変わっていくことが欠かせません。次回、第9回みみここカフェは、2月6日(日)に開催します。聴こえない・聴こえにくい方はもちろん、聴こえる方も、ぜひ参加してみてください。きっとこれまで出会ったことのない新しい世界が、見えてくるはずです。

そう、あなたも、変われるんです。

 

[文:池田美砂子(4Heartsサポーター)]

※プライバシー保護のため、対話の内容や個人名は一部編集しています。「みみここカフェ」では、参加者のプライバシー保護、情報開示の意志を尊重して活動報告を行っていますので、安心してご参加ください。