デフフットサルW杯の海外遠征費用は選手の自己負担?!

デフフットサル女子日本代表インタビュー(1)

(プロフィール)
岩渕亜依(IWABUCHI Ai)/デフフットサル女子日本代表で主将。東京都1部に昇格した健常者のフットサルチーム(Early.ft)に所属している。 

川畑菜奈(KAWABATA Nana)/デフフットサル女子日本代表で、デフサッカー女子日本代表でもある。ろう者のフットサルチーム(SDFCアレグリーナ)に所属している。 

2019年11月に行われたデフフットサルワールドカップ2019(開催国 スイス)では、女子日本代表は5位という成績を収めました。優勝を目標に掲げ、遠征費用捻出のために男女あわせて目標額2,000万円のクラウドファンディングも実施。フットサル・サッカーを通して、健常者と対等にやっていくためには何が大切なのか。彼女たちの向き合い方をお話していただきました。 
(撮影:2020年2月実施)

デフフットサル女子日本代表インタビュー(2)↗
  

――今日はよろしくお願いします!お名前と経歴を教えてください。 

川畑 川畑菜奈です。チームメイトからはナナと呼ばれています。
私は聞こえない両親の元に生まれました。高校までずっと聾学校だったので手話が当たり前の環境で育ち、大学で初めて健聴の世界に入りました。 

当然、知っている人もいないし、ろうの先輩は居ましたがあまり親しくはなかったので、そこで初めて孤独を感じた時期がありました。 
そこで、自分の障害を初めて周りに伝えて、その伝え方がよかったのかな。 
たまたまコーダ(耳の聞こえない親を持つ健聴の子)の同級生がいて、その同級生の協力もあって大学4年間は楽しく過ごせました。 

サッカーは聾学校の中学部の部活で監督の誘いがあった事と、聾学校の部活はすごく少なくて、サッカー部とバドミントン部、陸上部の3つしかなくて、陸上部は基本ずっと走っているだけの部活だから「これは絶対ないなぁ」と思って、サッカーとバドミントンの2つに絞りました。 

だいたい男子はサッカー部、女子はバドミントン部に入るという流れがありました。でも、他の女子と違うことをしてみたいという思いがあって、サッカー部に入りました。それから自分の思っていた以上にサッカーにはまって、そして今でも続けているって言う感じです。 

岩渕 岩渕亜依です。みんなからはブチと呼ばれています。短気なのでブチという手話で表します。(右手の人差し指と中指を立て、こめかみでクルッと回す) 

千葉県船橋市で生まれました。生まれつき耳が聞こえなかったのですが、勘が良かったです。車の鍵を渡せばピッと鍵を開け、ゴミを渡せばゴミ箱に捨てていました。でも手を叩いても振り向かないから、マイペースな子なのかなって思われていたみたいです。 

健診のときに、反応が良くないから病院に行って検査したほうがいいよと言われ、検査を受けて聞こえないとわかったみたいです。2歳半のときに聞こえないことがわかり、すぐに聾学校に通うことを母が決めて、市川市にある筑波大学附属聾学校乳幼児相談に行き、耳の聞こえない子供たちと一緒に生活をしていました。 

週一で健聴の保育園に通いながら、そのまま6歳まで聾学校の幼稚部に通っていました。小学校からは母に聾学校と地域の小学校とどちらに通いたいか聞かれ、どちらも見学に行きました。聾学校では授業の様子ではなく、廊下の掲示物ばかり見ていたらしくて。小学校の方は勉強が楽しそうだったと言っていました。親にどっちがいいかと聞かれ、友達がたくさん欲しいから地域の小学校に行きたいって言ったらしいです。小学校から高校まで健聴の学校に通いました。

サッカーは小学校4年のときに陸上部と吹奏楽部とサッカー部の3つがあって、川畑さんと同じなのですが、陸上部は走っているだけだから面白くない、吹奏楽も興味がないと消去法でサッカー部に入りました。中学でも続けようと思っていたのですが、中学にもなると男子と女子で体格差が生まれるから危ないと断られて、ソフトボール部に入り高校まで6年間続けました。 

筑波技術大学に入り、どこで知ったのかわからないんですけど、前にサッカーをやっていたことを伝え聞いた四年の先輩から誘われてサッカーに戻りました。

社会人になり、3年間は会社員としてサッカーを続け、今は転職して(2019年)4月から障害者アスリート雇用として日々を送っています。 

――2019年W杯スイス大会に出場、12か国中5位という成績でした。そのときのことを教えてください。 

岩渕 本当は1位(金メダル)を目指していました。スイス大会のときのメンバーは5年前のメンバーよりもはるかに技術も上がり、若い人も増え、監督も2回目のW杯でした。前回以上に頑張って挑んだ大会だったので本当に金メダルが欲しかった。 

2人 ギリギリ…。 

岩渕 優勝はブラジルでした。日本は予選リーグを2位で突破して、決勝トーナメントの初戦がブラジルで2対1で負け、5位〜8位決定戦に進んでトップの5位で帰ってきました。 

岩渕 もう…大泣きするような。 

川畑 そのブラジル戦に負けた後、みんなで泣きました。女子の決勝戦を見に行き、その決勝戦が終わった後も何人かはまた泣いて。タラレバの話になってしまうのですが、あのとき1点決めていればとか、あのとき守れていたらって後悔やいろいろな悔しさをみんなで話していました。 

――みんな悔しかったですよね 

岩渕 W杯までやり残した事はないと思うくらい頑張りましたが、やはり試合で負けると後悔が残りますよね。大会までの練習をしてきた期間での後悔はほとんどないけれど、大会期間の2週間の中での後悔が多くて。 

――次は、ね。 

岩渕 監督がよく言うのですが「これだけやったら、これだけ頑張ったら金メダルを獲れるって言う確証は無い」ので、次は本当に頑張るしかないなって思っています。しっかりと考えながら。 

屋内, 立つ, テーブル, 犬 が含まれている画像

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今回の代表チーム(選手やスタッフ、山本監督)の印象を教えてください。 

岩渕 5年前と監督は同じ、スタッフは少し代わりトレーナーも2人のうち1人は代わりました。キーパーコーチ、メンタルトレーナーの高橋さんも新しい人、あとはマネージャーです。コラーゲンサプリを提供していただいていますので、マネージャーは練習後にそのサプリの用意や練習の準備をしたり、おにぎりを作ってくれたりしています。監督とは5年前はちょっとクールな感じで距離を感じていましたが、さすがに8年目になると慣れて良い関係になったと思います。 

川畑 冗談も言うようになったよね、監督。 

岩渕 言っていいのかわからないけど、ホテルにプールがあって、水中メガネを持ってきていた人がいて。それを監督がつけて「紅の豚に似てる!」みたいなこと言いあったりしたこともありました。 

川畑 冗談を言うなんて5年前は考えられなかった。選手だけで「似てるよね…」とコソコソ言っていたのが、今は監督を目の前にして「似てる〜!」って言えるようになるまでの関係になったのかなって思います。 

――じゃあその4年間って大事だったってことですよね。 

川畑 うん、濃かったですね。 

岩渕 5年前のW杯は2ヶ月に1回ぐらいの頻度で合宿をやっていたんですけど、今回のW杯は1年前から毎月合宿があり2倍の頻度で会っているので、付き合いがさらに深くなっています。 

――海外選手はどうでしたか? 

岩渕 大きいです。 

川畑 日本人が1番小さいよね。 

岩渕 私はキャプテンなので、試合前に挨拶があります。ボールと陣地を決めた後に審判と相手のキャプテンと肩を組んで写真を撮るのですが、背の高さが私のところでガクンと低くなって、肩ではなく腰に手を回しているみたいに見えます。 

川畑 なんか相手の手が低くなっているよね。 

岩渕 ヒップアタックも腰に入ります。大きすぎて。あっ、痛くはないですよ。痛くはないけど、本当だったらお尻とお尻でぶつかるじゃないですか。お尻と腰がぶつかりますね。ドーンって。 

――吹っ飛ぶ感じですか? 

川畑 いや、そんなに。 

岩渕 ドンッ。くらいかな。 

日本と海外のチームの環境の違いはありますか。 

岩渕 わかりやすいのは、日本は島国なので他の国との交流が少ないです。ヨーロッパは地域のチャンピオンリーグみたいなのがあって、クラブ代表で毎年試合をしています。だから毎年他の国の人と会っていて試合もしているので、この国のレベルはこのくらいとか、どの人が上手いとか、情報を把握出来ているんです。日本だけが情報から隔絶されていて、現地に行くまでわからないという状況なので。難しいところです。 

川畑 日本以外の国は他国と交流できていて、仲の良さが全然違う。本当にみんな仲良さそうで、今回は試合会場の食堂で昼食と夕食をいただいたのですが、他の国と軽くしゃべる機会があったので聞いてみたら、チームの中に違う国同士で結婚している選手もいると聞いて。コミュニケーション方法はどうしているのかと聞いたら、もともとヨーロッパの手話は似ていて、読み取りやすく大きく変わらないらしいので、結構、他の国の選手と結婚している人が多いそうです。 

日本だとやっぱり言葉が通じないのでなかなかない。そういう意味では他の国、特にヨーロッパは試合にもコミュニケーションにも慣れていると感じます。 

体格差とコミュニケーションの、2つを埋めないと勝てないという状態なのですね。 

岩渕 そうですね。日本の場合は、合宿で練習試合をしていますが。観客がいないので緊張感はありますが『練習試合』という感覚なんです。でも、2回大会に出させていただいた経験があるのですが、やはり雰囲気も違います。日本はそういう経験が少ないですね。海外では毎年やっていて、大会慣れしているっていうのがあるのかなと思います。 

なるほど…。楽しかったエピソードや苦労話があったら教えてください。 

川畑 大変だったことの方が多いかもね。 

岩渕 毎月合宿があるのですが、日本全国から集まるので、経済的に厳しい選手もいます。本当に大変だと思います。 

――遠いから自腹で交通費も負担しなければならないということですね。 

岩渕 真ん中にある静岡を多めにするなどの工夫をしています。 

川畑 多いね、静岡。 

岩渕 他にも、クラウドファンディングや募金もしました。やはり知ってもらうってことが大事だと思って活動しているので。そのクラファンや募金の目的は男女全員でスイスに行ったら2,000万円かかる、それぐらい自己負担がすごいって言うことをみんなに知ってもらいたいので目標金額を2,000万円にしてクラファンを行ったんです。知り合いにも広めていただいて、みんなにデフフットサルって言うのを知ってもらおうと言う運動をTwitterやFacebookとかでしました。 

川畑 普段でもフットサルの大会などに出て、そのときにデフフットサルのPRやデフフットサルとはみたいな話をする時間を作っていただきました。そういった機会ってなかなかないので凄くありがたかったです。 

岩渕 日本でトップリーグのハーフタイムでも宣伝させていただいて。そのときは3,000人程集まっていたらしく、3,000人の方に知ってもらうことができました。そういうことを地道に積み重ねていって。 

――聴こえない人の中でも、そういう状況を知らない人って多いですもんね。 

川畑 見た目ではわからない障害っていう理由も大きいと思うので。そういう意味でもいろいろなチームと交流できたので、良かった。選手として、とても良い経験ができたと思います。W杯に行く前に応援メッセージとかもらったりしたよね。 

次回W杯の目標は? 

川畑 優勝です! 

岩渕 目標は、一位でしょ。 

2人 当然! 

岩渕 次のW杯で30歳なんですよ。ピークだと思っているので。 

――ピークなですか? 

岩渕 はい。30歳を過ぎたら体力だけではなくて知識とか経験で勝負することになるかなって思っていて。若いときは経験とか知識は無いけど、体力があるからがむしゃらに頑張る。30歳は自分の中では知識、経験、体力面のバランスがピークの状態で挑めるという意味で、次がラストチャンスだと思っています。 

川畑 私、33歳… 

岩渕 あまり変わらんって。 

川畑 ほんまかいな、わからんて。 

川畑 監督は誰になるかわからないけれど。 

――まだ決まってないですか?(※編集注 2020年2月時点) 

川畑 まだです。協会と監督が話して継続するかどうかが決まるので。 

岩渕 協会からの発表で選手は初めて知ります。 

――今までやってきてやっと慣れて、冗談も言えるようになったのに変わるかもしれないっていう状態ってことですよね。続けて欲しいですか? 

岩渕 もちろんです。人として尊敬しているので。続けて欲しいし、次こそ胴上げをしたい。 

川畑 ね。メダルをかけたいよね。 

   

第二弾につづく。 

取材:那須かおり 
撮影:加藤雄三 
文 :津金愛佳 

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