上を目指す選手ほどメンタルトレーニングは必要

デフフットサル女子日本代表選考合宿in静岡
高橋基成メンタルトレーナーインタビュー

 

(プロフィール)
高橋基成さん/デフフットサル女子日本代表メンタルトレーナー。フィールドフロー認定スポーツメンタルコーチ。2019年スイス大会から帯同。ミーティングのときには監督の右隣で手話通訳をしている。
 

――スイスのW杯で悔しい思いをした選手がたくさんいたと思います。
そんな中で“これから頑張っていくぞ!!”という時に、コロナの影響を受けてしまって、今回は初の日本代表選考合宿ということですね。
この合宿で、メンタルトレーナーとして選手達のメンタル面での課題や今はこういう状況だなぁ等の見立てなどはありますか?

高橋 コロナの影響がある中でも、この期間をどんな目標を持ち過ごしてきたか。それによって、この合宿に参加したときの表情は多少なりとも違うかなと感じています。

状況は個々に違うと思いますが、現状ではコロナがまだ終息していない中で不安など複雑な思いを持って参加している選手もいると思います。  少しでもどうしたらいいんだろうとか不安に感じていることなどがあれば、聴いていくのが僕の役割だと思っています。

 スイスのW杯でチームとしては終わっていて、僕の立場的には山本監督が再度就任して、そこでスタッフとしてもう一度呼んでいただきました。
再度、関わっていけることになり、自分に何が出来るかということを改めて考えさせられるというよりは、どう力になれるのか。

コロナでの自粛期間、考える時間をいただけた。僕にとっては大事な時間だったと思っています。

――スイスのW杯にも参加されていましたが、それ以前にはメンタルトレーナーっていらっしゃったんですか?

高橋 スイスW杯の前はいませんでした。 

――メンタルトレーニングをすることによって、選手達が変わっていったということはありますか?

高橋 選手自身はそんなに変わったという実感はないかもしれません。僕としては自分が何かをしたから変わったと自分自身も感じたくないんです。  僕と関わっていく中で、自然と前向きになれたとか、悩みが無くなったとかがいいですね。

選手達といろいろと話をしますが、メンタルトレーニングをされたとは感じていないかもしれません。元々、メンタルが強いというか大舞台に強い選手もいますし。

僕の大きな役割としては、個々にネガティブだったり、気持ちの波が大きかったりする選手をいかに安定させるかと、自分自身のネガティブな部分を認めどう進んでいったらいいのかということをアプローチしていくこと。

そういう意味で選手により個々に関わる回数が違っています。監督やコーチからいろいろな情報を聞き、ここの部分をサポートやフォローしていこうかなとか、メンタルが落ちそうな選手をあげていきます。そういう意味では、全体的にあがっていると思っています。

――自分も心理の勉強をしていますが、手話をする人はその手話言語の中で文化がありまして、日本語の中にも文化があり、それぞれに文化が違うことによって微妙なズレがあります。その文化も二つにきれいに分かれるのではなく、個々にバックボーンが違う中でグラデーションがあると思います。

その中でのチームワークって難しいと思うのですがどうでしょうか?そのズレが原因でのメンタル面に支障があったり、聞こえる人たちに比べてその辺の難しさってありますか?

高橋 その辺はあまり変わらないと思っています。

――そうなんですか。

高橋 聞こえる人たちの中でも、育ってきた文化や、同じスポーツをやっていてもどんな指導者に教えてこられたなどによって持っている価値観とか考え方って違うんですよね。聞こえる人たちも全ての人がひとりひとり違うと思っています。聞こえない人も聞こえない人ってくくってしまえばくくれますが、ひとりひとりいろんな文化や生育環境で、ろう学校なのか難聴学級、普通の学校なのかによっても全然違うと思います。 

まず大事にしたいのは、その人が今までどういう人生を歩んでこられて、どういうところに悩んで課題があったのか。どういうところに強みがあるのか。それを一緒に寄り添って見つけていく。そういうところでは変わらないと思っています。

 

 

――自分の気持ちを言葉にするっていうのは、自己肯定感があがっていくとか、自分の夢を持つとか、その夢をさらに具体的にする。いろんなことにつながっていくと思うのですが、言語化に対するアプローチは何かされていますか?

高橋 以前のチーム(スイスW杯の時)では、練習が終わった後に振り返りをしてもらっていました。振り返りを文章で書いて、自分の課題は何か、何を振り返って、次にどう行動し進めていくか。気持ち的な部分よりも、前に向かってどう行動促進していくか。

最初に書いたシートはあまり考えていないからあっさりしていました。それを積み重ねていくと、自分の考えに監督の考えが入ってきて、自分の課題は何かということが具体的になってきてるからこそ文章量も多くなっていく。言葉にするっていう部分では、すごく変わってきているなと思います。

ある選手が自分自身が何を考えているのかを全然言葉に出来なくて、人のせいにしたりして、自分自身で悩んでいるというので「本当にそう思っているの?」と一緒に聴いていくことで、本当は違うことを考えていて求めていたんだってことに「あぁ、そうだったのか。」と気がつく。そこに気付けたときに自分の気持ちを言葉にして聴いていくことでその言葉が具体的になってくる。
自分はそう考えていたんだと気付かせてあげることがとても大事だと思っていますので、たくさん聴きましたし、アウトプットしてもらいました。

――すごく大事ですよね。
メンタルトレーナーの他に手話通訳も兼ねていらっしゃいますが、朝の打ち合わせの時にも手話通訳士を目指されるとおっしゃっていました。両方を兼任することのメリットってありますか?

高橋 そうですね。やはり、手話が出来る人がいるというのは選手達にとって安心材料の一つだと思います。

スイスのチームの時にいろんなスタッフや監督の細かな戦術や考えが僕の手話通訳の足りなさもあるのですが、後で選手に確認してみると半分ぐらいしか伝わっていないということがよくありました。そこを補うわけではないですが、パイプ役になりたいなって思ったんです。

監督にいろいろなことを聞きます。それを監督がチームに話すときに通訳をするのですが、正直、ちゃんと伝わったか不安だと思うときに選手達に確認に行くと、違うように受け取っていたということがあります。本当はこういう意味だよ。本心はこうだよとか、補うというかつないでいくという部分では大事な役割の一つだと思っています。

それは多分、通訳をしているからこそ、そういうことが出来る。メンタルトレーナーだけだとしたらそこまではできないと思います。

――そうですよね。

高橋 兼ねているからこそ出来るいいところだなと思います。

――他のデフアスリート選手にとっても高橋さんのような存在が必要だと思うのですが、どう思われますか? 

高橋 そう思っていただけたらいいなと思っています。
メンタルっていうと、特に男子はそうだと思うんですけれど、相談するってことがイコール、自分がメンタルが弱いから相談をしていると思う選手が結構いるんじゃないかと思います。

メンタルトレーナーの役割って、ちょっと悩みを解消するっていうか、カウンセリング的な部分もありますが、どちらかというと達成したい目標に対してどんどん促進していく。じぶんが考えていることを具体化して、じゃあ何が必要で何からやったらいいのか。そこが進んでいくと人間って成功体験も積み重なって自信にもなっていくはずです。そういう部分で、上を目指す選手ほど本当は力になれるはずだと思うんです。

そもそも、メンタルトレーニングとかコーチングが何かをきちんと伝えられていない。それって僕の仲間もみんな同じ事を言っているんです。

それで、聞こえない選手にそれをどう伝えていこうかと考えて始めたのがYouTubeなのですが、更新が滞っているので、そこは頑張っていきたいなと思っています。

――記事で紹介させていただきます!

高橋 ありがとうございます!

高橋基成さんのYOUTUBEチャンネルはこちら⇒もっちゃんコーチチャンネル

  

――今まで、ろうあ運動などで障害者福祉に注力されてきた歴史があるのですが、その中で、障がいの陰に隠れてメンタル部分はおざなりになってきたところがあると思うんです。
これからは、だんだんとメンタルに注目されてきています。自分は今、産業カウンセラー養成講座にも通い、これから心理にしっかりと目を向けていこうと活動中です。これからの心理についてどのような考えをお持ちでしょうか?

高橋 障がいのある人たちがもちろん、自分の文化を尊重するって事も大事ですし、それを周りも認めて尊重していくことも大事だと思いますが、その枠を超えて1人の人として、この社会で自信を持っていく。自分なりにネガティブも得意もあっていいと思います。

それって聞こえる人も同じだと思います。自分の良いところを見つけて発信していくとか活躍できる場所がある。存在していていいんだよって認められる場所がある。そういうことに悩む必要の無いそういう社会になっていったらいいなと思います。それに気付けていない人が多い。

いろんなことに挑戦していって、壁だと思っていたものが実は壁では無かったっていうこともあると思います。もちろん、受け入れる側の問題もあると思います。僕がそのパイプの役割があると思います。1人の人として、全ての人がそこにいていい、活躍できる、そんな社会にしていきたいなって思います。

――本当にそう思います。将来に向けて、この社会が変わっていく。まさに今が過渡期にあるのではないかと思っています。そのうえで、スポーツ選手達の活躍であったり、自分のような起業家の活躍であったり、社会に出て働いている方々の活躍であったり。キャリアと構成だったり、全体がレベルアップしていく。それが理想かなって。

高橋 そうね。スポーツだけじゃなくいろんなところでね。自分が全てに手を出すって事は出来ないので、今、関わらせてもらっているデフフットサル、サッカーもそうですが、僕は元々ろう学校の教員をしていて、ろうの子どもたちや先生達と関わる機会も多かったり、妻が聞こえないのでその中でのつながりもあったりするので、感じていることを、目の前にいる人たちの力になっていけたらいいなと思っています。

――そうですね。ひとつひとつですね。

高橋 そうですね!

――ありがとうございました!

 

インタビューを終えて

高橋さんの場を明るくする笑顔に引っ張られ、終始笑顔の絶えないインタビューでした。お話を聞けば聞くほど、高橋さんのようなメンタルトレーナーが他の種目のデフスポーツにも必要だと感じました。特に監督と選手の橋渡しとなる重要な役割でもあり、スイス大会での最高成績にも表れたのかもしれません。

2021年のデフリンピック、2023年のワールドカップそれぞれ、4Heartsとしては継続して取材を重ねていきたいと思っています。

取材:那須かおり 
動画撮影:金田康汰
写真撮影、文:津金愛佳