ろう学校の音楽室から~聞こえない・聞こえにくい子ども達も、音楽を楽しめる!~

Photo of the signboard of the music room
  • 和太鼓を叩いてスーッキリしました!気持ちよかった!
  • 今日の演奏は全員で心が一つになったみたいで、鳥肌がたった。
  • リズムに乗って自分のパートが弾けるようになりたい。
  • ホルンの音色や演奏する様子がすごく良い心地いいと思いました。
  • ピアニストが演奏や音楽や会場に、すごく思い入れを持っているのが伝わってきた。
  • 歌詞やリズムが聴き取りやすくなったので、『〇〇(アーティストや曲名)』の歌をもっと歌いたいなと思う。

 …これらは、私が今まで出会った子ども達の、音楽の授業での一言です。「ろう学校の音楽って、どんな事をしているんですか?」とよくきかれますが、私の答えはいつも同じ「意外と普通にやっていますよ(笑)」です。もちろん工夫や配慮が必要な部分はありますが、聞こえない・聞こえにくい子ども達(以下、ろう・難聴児)も、音楽を楽しむことができる。ろう学校の音楽室の風景を、ご紹介したいと思います。

【音楽を好きになるには…】

冒頭で、音楽に対して前向きな感想を紹介しましたが、こんな子どもたちの声があることも事実です。

  • 歌が嫌だ。音程が取れない。他の人が音を外しても、こっちを見られる。
  • 合唱は自分の声も自分のパートの音程もわからない。
  • 校歌はサビだけ歌う。あとは口パク。
  • リコーダーは指はわかるけど、きれいに音が出ているのかがわからない。
  • リコーダーやピアニカを一斉に練習するとうるさくて何がなんだかわからない。
  • 鑑賞は音は聞こえるけどよくわからない・音楽はできればやりたくない。なくなればいい。

 これらの声から見えてくるのは「音楽が苦手」と言うよりも、「分からない事を無理やりやらなければならない」「周りの視線や疎外感が嫌だ」という気持ちではないでしょうか。逆に言うと、こういった気持ちを抱かずに音楽に接することができれば、音楽を「楽しい」「もっとやってみよう!」という気持ちをもてるのではないでしょうか。
 私は以前、ろう・難聴の同僚に音楽に対する気持ちをアンケートで伺ったことがあります。そこでもやはり「音楽自体は好きだし、自分なりに楽しめる。けれど、音楽の授業は嫌い(苦手)だった」という声が多数見られました。その時から私ははっきりと心に決めた事を、今でも自分のスローガンとしています。
 「今、目の前にいる子ども達には、絶対に楽しい音楽の授業をしよう!日本一楽しいろう学校の音楽の授業をする教師になろう!」

【まず、必要なこと】

ろう・難聴児に音楽の授業をする際に、大前提となる大切なことが2つあります。

① 聴覚障がいについて(聞こえや障がいの特性)知ること
 一言で「聴覚障がい」といっても、聴こえ方や音・音楽に対する意識は、一人ひとりで違います。まずは、その子がどんな聴こえ方なのか。聴覚を活用しているのか、手話や視覚を主に活用しているのか。補聴器や人工内耳の使用状況や環境はどうなのか。日本語や手話の理解度は?等々、目の前の子どもの状況を正しく知るのが、1番大切なことです。聴覚障がい教育に関する知識は幅広く、また時代と共にどんどん移り変わっています。この変化を受け入れながら聴覚障がいについて常に学び続けることが、教師には求められています。

② 色々なコミュニケーション手段を用意すること(手話・日本語・字幕・絵やイラストなど)
 上記のとおり、一人ひとりが違うということは、様々なコミュニケーションの手段があります。私は今でこそ手話と音声を併用して仕事をしていますが、初めて平塚ろう学校に赴任した時は、全く手話ができませんでした(自分の名前もスムーズに言えない!)。ですので、その当時はとにかく「見て分かる工夫」を必死で考え全て試しました。パワーポイントやカードで自分の伝えたい言葉やリズムを表示する、身振りや表情や動きで音楽を表す、写真や動画を活用して理解しやすくする、等です。そしてそれらの方法は、手話をある程度身に付けた今でも日常的に活用しています。

 では、ろう学校の音楽室の景色を、いくつか活動毎にご紹介します。

【和太鼓・合奏・リコーダー】

 和太鼓の音は、聴覚障がいがあっても音が聞き取れたり、身体で振動を感じることができたりするため、ろう・難聴児にとって最適な楽器の1つと言えるでしょう。和太鼓のリズムは音や口唱和の「聞き覚え」で習得するものが多いですが、私は写真のような楽譜やカードも併用して授業を行っています。

Photo of sheet music for drums
※和太鼓練習中の掲示例。「口唱和」を視覚的にイメージできるようにしている。

 また、バチを振り下ろす高さはどれくらいか、休符(叩かない部分)を別の動き(バチとバチを合わせる等)に変えるなど、子どもが自分たちだけでリズムが分かるようになる工夫をします。冒頭の感想のように「太鼓を叩いてスッキリした!」という声は、自信をもって思いっきり叩けたり、リズムを理解できていたりするからこそでてくる声です。

 現任校の大塚ろう学校では器楽合奏が盛んで、今年も日本学校合奏コンクール全国大会で銀賞・会長賞を受賞しています。器楽合奏の際は、一人ひとりの聞こえ方や気持ちに特に配慮が必要です。また、取り組みやすい選曲やアレンジも重要となります。現在は子ども達とも相談しながら、キーボード・木琴・鉄琴・鍵盤ハーモニカ・打楽器などを使い「オペラ座の怪人」と大河ドラマ「麒麟がくる」の合奏に取り組んでいます

Photo of musical instruments in the music room
※大塚ろう学校の音楽室。右のテレビに映っているのは、
「ロイロノート」というアプリを使用して1人ひとりの意見や考えを共有している画面。

 リコーダーについては、私は授業の中では扱っていません。音の高さや大きさが、目の前の子ども達に適していない場合が多いからです。地域の小中学校に通うろう・難聴児の場合、家で動画を見ながら練習、難聴学級で 1対1で練習、というケースもある様です。

【鑑賞】

 鑑賞の授業では、必ず映像を使用します。日常生活で音楽に関する映像に触れる機会が少ない子どもも多いのですが、だからこそでしょうか、とても関心をもつ子どもが多いと思います。
写真は、小学部3年生の授業で「ピーターとおおかみ」という曲を鑑賞した際の掲示です。映像でオーケストラの演奏を見ながら、この楽器は何を表現しているのだろう?どうしてそう思ったのだろう?など、子ども達に問いかけます。「フルートの指の動きが、小鳥が飛んでいるみたいだった」「ホルンは重くて不気味な感じだから狼だと思った」など、音だけでなく映像からイメージを得ていることが分かる声が、子ども達から出てきます。

photo of the bulletin board when watching a song
※手前にあるのは実物の楽器。本物に触れられると、なお良い。

(壊れていてもいいので、中古の楽器をお譲りください!)

 ミュージカルやオペラ、音楽に関する映画は、中学生にとっても非常に刺激的で楽しい様です。ただし予備知識が無いことが多いため、「こんな内容だよ」「ここに注目してみると面白い」など、鑑賞のポイントを事前に伝えてから映像等を見るようにしています。

【歌】

 歌唱は、子ども一人ひとりの聞こえによって取り組み方が大きく変わります。聴覚をあまり活用しない子どもの場合は、歌詞を指文字や手話で表したり、映像や字幕で歌の内容をイメージしたりする活動をしています。ただし、手話と歌唱のリズムが異なったり、手話と日本語の文法が違ったりすることから、いわゆる「手話歌」というのは、実はレベルの高い活動になります(このあたりについては、長くなるのでまた機会があれば…)。
 一方、聴覚を活用する子どもの場合は、「歌をもっとよく聴いて歌える工夫」をします。通常、歌にはバックミュージックや伴奏がかかっており、それと合わせて楽しむことが一般的だと思います。しかし、ろう・難聴児にとって色々な音が混ざっている状態は「雑音が多く言葉が聴き取りにくい状態」になりがちです。そこで、聴き取りやすい音源を作成します。

・オルガンなど音の揺れが一定で、耳に優しい音で前奏などを弾く。
・ 歌の間は伴奏をつけず、歌のみ。
・ 日本語の発音を聴き取りやすく、できれば男声で。
私は自分自身の声を録音して音源を作成し、別の教科の個別指導でも使ってもらっています。写真では「チューリップ」ですが、ジブリやアニメの主題歌など、幅広い年齢層が歌える音源を作成中です。

A picture of a child singing with a sound source designed to be easy to hear

※聴き取りやすい工夫をした音源で歌っている児童。歌詞の紙を見ながら「自分の耳でよく聴いて」歌えるようになってくる。

 ただし、歌唱については1つだけ留意しておくことがあります。それは「正しい音程で歌うこと」がろう・難聴児にとって、聴覚障がいや補聴機器の特性上どうしても困難である場合が多いという点です。つまり音程や、音の重なりを把握する「合唱」というのは、ろう・難聴児にとって最もハードルの高い音楽活動であると言えます。冒頭のネガティブな感想の中にも「歌(自分の声)」に対して「周囲からの目を気にしてしまう」という心理が見られます。現実的に、小中学校の音楽科の授業の中では歌唱や合唱が大きなウェイトを占めており、それに対する抵抗感や疎外感が「音楽への苦手意識」につながってしまう側面はあると思います。ろう・難聴児でも音楽は楽しめるし、無限の可能性があります。ただこの一点に関しては、努力や教育では如何ともしがたい部分があり、また、その事実を教師や周りの子ども達が理解して「周りの視線を変えていく」ことが大切でしょう。

【音楽を楽しむ姿から学ぶ】

 文中でも述べたとおり、聴覚障がい教育を取り巻く環境は、どんどん情報が更新されています。特に、補聴器や人工内耳の技術の発展は目覚ましいものがあります。ひと昔前までは、ろう難聴児の音楽というと、視覚的に分かりやすい打楽器や大きな音量が必要、という固定概念の様なものがあったかもしれません。しかし、現代では聴覚を活用して音楽を楽しめる子どもが増えており、SNS等で手軽に音楽や関連動画を楽しめる環境があります。また、手話の言語的な理解も少しずつ進んでいて、海外では音楽番組に手話通訳がついている(単に言葉を変換しているのではなく、音楽の雰囲気も合わせて手話通訳をしている)番組も見られます。私の友人や教え子の聴覚障がい者の中には、「カラオケが好き」「自分のお気に入りの歌手の歌をいつも聴いている」「ピアノを弾くのが楽しい」という人が何人もいます。

音楽の授業でも、自分の聴こえやすい楽器を選んだり、歌詞提示や鑑賞の方法を工夫したりすることで活動に参加しやすくなった子もいます。
 我々教師や大人が聞こえない・聞こえにくいという事に向き合い、理解する気持ちや行動が大切であることを、音楽を楽しむ子ども達の様子から、授業をとおして私自身が日々教えてもらっています。

(著者)
柳澤幹人
東京都立大塚ろう学校 音楽科教諭
前神奈川県立平塚ろう学校 教諭