「八百屋のおじちゃんと自然に会話したい」。スローコミュニケーションプロジェクトが目指す社会
【4Hearts代表・那須かおり×スポーツメンタルコーチ・高橋基成 対談その3】
「聴こえない」立場、「聴こえる」立場。お互いの本音でより良いコミュニケーションを解き明かす、スポーツメンタルコーチ・高橋基成さんと4Hearts代表・那須かおりの対談シリーズ。聴こえない人の本音にせまった[その1]、「聴こえる・聴こえない」の壁を越えていく可能性について語り合った[その2]に続き、今回は、より良いコミュニケーションを広めるためのソーシャルアクション「スローコミュニケーション」について、じっくり語り合います。
【プロフィール】
高橋基成(たかはし・もとなり)
1979年新潟県生まれ。2017年まで14年間特別支援学校、ろう学校で教員として働いたのち、今はスポーツメンタルコーチとして活動。デフサッカー女子代表、デフフットサル女子代表をはじめ、障害の有無に関わらずトップアスリートから小学生まで幅広く関わっている。選手の心のケアから世界を目指す選手たちの本番で力を発揮するメンタルを磨くサポートをしている。
那須かおり(なす・かおり)
1981年神戸市生まれ。2020年に聴覚と心理についての課題を地域や社会とともに解決していくことを目指す、一般社団法人4Heartsを設立。コワーキングスペースチガラボや青年会議所に所属し、地域の繋がりを活かして『スローコミュニケーションプロジェクト』を推進している。生まれつき重度聴覚障害でXジェンダーのダブルマイノリティ。産業カウンセラー。
一人ひとりの「気持ち」で社会をつくっていく
高橋:那須さんは今、積極的に社会に出ることでたくさんの人との関係性ができて応援してくださる方もいますよね。
那須:そうですね、聴覚障害者は「手話ができないから話しかけるのはちょっと…」と遠慮されることもありますが、ジェスチャーでもなんでもいいからやってみて「通じた!」って瞬間を共有するだけでも、世界が変わるきっかけになるのかな、と思います。「伝えたい」という思いは言葉がなくても伝わりますし、その思いこそが人と人を結びつける。言語が違うだけ、ツールが違うだけ、って考えていくと、もっと生きやすくなりますね。「伝えたい」とか「通じ合いたい」という欲求はみんな持っているので、一人ひとりの「気持ち」で社会をつくっていくのがいかな、と思います。
高橋:そうですね。今はテクノロジーもコミュニケーションを助けてくれますし、やっぱりツールよりもお互いの「気持ち」が大切。
那須:「障害者だから何かしてあげなくちゃいけない」とか「こんなこと聞いたら失礼かもしれない」という先入観を持たれることもよくあるんですが、まったくそんな必要もないです。勉強が苦手な子、かけっこが速く走れない子、みんな大なり小なり特性を持っていて、私はたまたま耳が聴こえない。ただそれだけの話なので。
高橋:聴こえないから何かが「ない」と全然思わなくていいですよね。そのひとだからこそ「ある」もの、持っているものもたくさんあって、それが社会に貢献する宝物だったりする。聴こえないことも武器になりますし、自分の社会における存在意義にもつながります。もっと聴こえない人も堂々と生きていってほしいです。
那須:本当にそうだと思います。聴こえない子どもたちにも伝えたいですね。
高橋:子どもの心理は親の影響も受けていると言いますが、お母さんが「五体満足に産めなくて申し訳ない…」と負い目を感じていることもありますよね。
那須:そういう意味では私の母は、私が聴こえなかったことを悲観視しなかったので、それはありがたいな、と。「それはそれ、ただ生き抜く力をつけて」と言われました。
高橋:それが今、すべての力になっているからすごいですね。それが原点。
那須:準備期間は必要でしたけどね。
高橋:お母さんに感謝ですね。
那須:そうですね。
みんなが生きやすくなる
「スローコミュニケーションプロジェクト」
那須:私の役割は、聴こえない人たちが社会に出ていくための環境を地ならしすることなのかな、と思って活動しています。
高橋:それが4Heartsの役割であり、そのひとつのきっかけとして、「スローコミュニケーション」の活動があるんですね。「最初は聴覚障害の方の声から始まったけど、結局誰にも必要なものだよね」というところがおもしろいな、と思いました。
那須:そうですね、聴覚障害者だけじゃなくて、子どもも高齢者もうまく話せない人も、みんなが生きやすくなるプロジェクトで、「コミュニケーションそのものを考え直してみませんか?」という問題提起でもあるんです。
高橋:「聴こえる・聴こえない」とか、英語が「喋れる・喋れない」とか、全部取っ払って、いろいろな人たちをつなげるツールにもなるんですね。
八百屋のおじちゃんと自然に会話ができるように。
高橋:「スローコミュニケーション」プロジェクトはこれからどのような活動をしていくのでしょうか?目指しているところを改めて教えてください。
那須:「聴覚障害者のことを知ってほしい」ということではなく、一人ひとりが抱いている「伝えたい」「社会とつながりたい」という気持ちを大事にして、伝える側も受け取る側も、お互いの気持ちを歓迎し合えるような社会をつくっていきたいと思っています。ツールはジェスチャーでも筆談でもなんでもいいので、プロジェクトをきっかけに、違いも楽しんで受け入れ合う空気をつくっていけたらいいですね。
高橋:すごく共感します。僕はスポーツメンタルコーチとして、「力を発揮するためには仲間と認めあって、いかにシナジーを起こしていくかが大事」という話を良くしますが、全く同じことですね。社会でもスポーツの現場でも、違いを楽しむ、認め合う、面白がる。「違うから新しいものが生み出せる」という発想を大事にできる社会になっていったらいいですね。
那須:そのために、まずは聴こえない人とサポートしたい人、お互いの存在を可視化していくことが大事だと思っています。いま、スーパーでスローコミュニケーションの実証実験をしていますが、店員さんが「聴こえない人は来ていない」って言うんです。でも、そんなはずないんですよね。実際は、「レジ袋要りますか?」とか「ポイントカードお持ちですか?」とか聞かれていても、推測して答えていたり、わかったふりをしていたりしているだけだったりするんです。お店の方も「もしわかっていたら、もっとこんなことできたのに」って残念そうにおっしゃいます。
高橋:たとえば「このお店はレジでこういうことを聞きます」ということがわかるようになっているだけでもいいのかもしれませんね。スローコミュニケーションプロジェクトを通して、社会にどんな変化を起こしていきたいですか?
那須:そうですね、まずは自分がまちにどんどん出ていって、八百屋さんや魚屋のおじちゃん・おばちゃんと「これはどう調理したらいい?」といった会話が自然にできるようになったらいいな、と思っています。どこにでもありそうな光景ですが、聴こえない私にとっては憧れるシーンです。まずは私の住む茅ヶ崎がそういうマインドを持つロールモデルタウンになって、それをまた全国に広げていきたいという野望を持っています。
高橋:いいですね、茅ヶ崎から。ワクワクします。
那須:茅ヶ崎はお互いを応援し合う風土があるので、すごく馴染みやすいのでは、と思っています。
高橋:応援したいです。一緒にがんばりましょう。
(対談ここまで)
「スローコミュニケーション」。それは相手の心に耳を傾けること。
身近な人だけではなく、まちで出会い、すれ違う人々にも心を向けてみると、見える世界が変わってくる。
そんな一人ひとりの体験と気づきがまちへと浸透し、いつしか「スローコミュニケーション」という文化となっていく日を思い描き、那須かおり、そして4Heartsは今日も歩み続けます。
よろしければあなたも、参加してみませんか?
その先に、「聴こえる」も「聴こえない」も、あらゆるカテゴリーを取り払った、しなやかで強い社会を見据えて。
[文:池田美砂子(4Heartsサポーター)]
(その3終わり)
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