「もっと踏み込んで来てほしい」。聴こえる・聴こえないの間にある壁の正体とは?
【4Hearts代表・那須かおり×スポーツメンタルコーチ・高橋基成 対談その2】
「聴こえない」ということ、「聴こえる・聴こえない」の間にある壁についてお互いの立場から本音で解き明かす、スポーツメンタルコーチ・高橋基成さんと4Hearts代表・那須かおりの対談シリーズ。聴こえない那須の本音に迫った[その1]に引き続き、今回は「聴こえる・聴こえない」の壁を越えていく可能性について語り合います。
【プロフィール】
高橋基成(たかはし・もとなり)
1979年新潟県生まれ。2017年まで14年間特別支援学校、ろう学校で教員として働いたのち、今はスポーツメンタルコーチとして活動。デフサッカー女子代表、デフフットサル女子代表をはじめ、障害の有無に関わらずトップアスリートから小学生まで幅広く関わっている。選手の心のケアから世界を目指す選手たちの本番で力を発揮するメンタルを磨くサポートをしている。
那須かおり(なす・かおり)
1981年神戸市生まれ。2020年に聴覚と心理についての課題を地域や社会とともに解決していくことを目指す、一般社団法人4Heartsを設立。コワーキングスペースチガラボや青年会議所に所属し、地域の繋がりを活かして『スローコミュニケーションプロジェクト』を推進している。生まれつき重度聴覚障害でXジェンダーのダブルマイノリティ。産業カウンセラー。
言葉はアイデンティティと結びついている
高橋:そもそものお話ですが、なぜ那須さんは手話を使わずに話すようになったのでしょうか?
那須:私は4歳で聴こえないとわかったんですが、それから2年間、言語訓練施設で発声訓練を受けて、ほぼ話せるようになりました。小中学校は一般の学校で、高校からろう学校に入ったんですが、手話は全然わからない状態で…。先輩の手話をみたりしてなんとか覚えたという感じでしたね。
高橋:すぐに覚えられましたか?僕は手話を勉強しはじめて1年ほどで発信はできるようになりましたが、読み取りは難しかったですね。8割くらい読み取れるようになるまで、3年くらいかかった気がします。
那須:私もそんな感じでした。手話は文法も仕組みも難しくて、やっと馴染めたのが3年生くらいでしたね。今も声を出しながら手話をするのは難しいです。手話で話すほうが深い話ができるという人もいますが、私はそこまでじゃなくて…。
高橋:いろいろな方がいますよね。たとえばオリンピック・パラリンピックの閉会式は、NHKの放送でろう手話通訳がいるチャンネルと、手話通訳がないチャンネルがありましたね。那須さんはどちらを見ていました?
那須:私は字幕を見ていたんですが、手話も読み取れます。だから、字幕で理解できる情報量と手話で理解できる情報量は全然違うなと思いました。手話の方が圧倒的に情報量が多く豊かで、字幕は時差があります。だから手話が使えない人が一番苦労するのかな、と思います。
高橋:聴こえない人の言語は手話と思いがちですが、かおりさんのような人もいるんですよね。
那須:「聴覚障害者=手話をする人」という思い込みは取っ払ってほしいですね。実は聴覚障害者の中でも手話を使わない人のほうが圧倒的に多いんです。筆談で生き抜く人もいますし、大学生になって初めて手話を見て、「こっちのほうが生きやすい」と衝撃を受けて手話メインに変える人もいます。
高橋:言語が変わると、新しいアイデンティティができるわけですね。
那須:はい。ただ、一度自分のアイデンティティが崩壊してメンタルが崩れるので、それを支えてくれるような存在は必要です。
高橋:一度大きく揺れ動くものですよね。
那須:そうですね。でも言語はあくまでツールなので、言語ではなく「どう生きるか」ということにアイデンティティを置くという考え方のほうがいいと私は思っています。
高橋:そうですね。手話を自分のアイデンティティにおいている人は口話中心でやりとりする聴覚障害者と価値観が食い違うことがあると聞いたことがありますが、それぞれの環境文化を尊重し合えると、もっとお互いが生きやすくなっていくでしょうね。
「聴こえる・聴こえない」お互いの世界に踏み込むために
高橋:ここからは「聴こえる・聴こえない」の間にある壁について考えて見たいと思います。那須さんは、ろう者の立場で、聴者の方にどう接してほしいと思っていますか?
那須:最近やっと、手話の人も口話の人もいるということを理解してもらえるようになってきました。もっと私たちの世界に踏み込んできてほしいな、と思います。
高橋:僕は逆に聴こえない人たちの中に入ると、みんなの手話についていけなくて、シュンとなってしまう場面もあります。でも聴こえない方々は、僕の手話のレベルを理解して合わせて会話をしてくれるからやりとりが成立しますし、関われることに楽しみを覚えてくれています。関係性がつくれていると、お互いの歩み寄りや優しさからそういう変化が起こるということをすごく感じます。まずは「自分がその人とどう関わりたいか」という気持ちが大事なのかな、と
那須:そうですね。
高橋:お互いつながりたい、かかわりたい、楽しく話したい。「じゃあどの言語のどれくらいのレベル感でやる?」っていうお互いのすり合わせが、気持ちが通じ合っていたら自然にできるのかな、と思います。
那須:逆に聴こえない人たちももっと社会に出て行って存在が可視化されていかないともったいないな、と思います。私も聴こえる人たちの世界に飛び込むのは正直怖いと思いますし、見られ方を意識したりもします。でも、よく「聴こえない人と会ったのは那須さんが初めて」って言われますが、実際は気づかないだけで、まちのどこかですれ違っているんですよね。そういうことは可視化していきたいですね。
マスク社会での苦悩と喜びと
高橋:かおりさんが普段のコミュニケーションの中で、うれしかった経験はありますか?
那須:コロナ禍でみんなマスクをしていますよね。でも私と話すときにパッと外してくれるときはありがたいな、と思います。私は読唇とその人の雰囲気で読み取っているのでマスク姿でのコミュニケーションは難しいんですが、私から「マスクを外して」とは言いにくくて。手話メインの人でも手だけを見ているのではなくて、口元や表情もすべてを感じて読み取るのが手話なので、聴こえない人はみんな苦労していると思います。
高橋:僕の妻も、同じようなことを言っていました。たとえばお店の人と話すときは僕が手話で通訳をすることも多いのですが、「通訳があるから」とマスク姿で話すのではなく、「外してくれるとうれしい」と。ちょっとしたことが喜びになるんですよね。
那須:そうですね、一生懸命伝えようとしてくれて、それでも伝わらないから最終的に通訳を通すという順番ならいいのですが。逆に言えば、自分も含めて聴こえない側も通訳に頼り切ってしまうことも正直あるんですよね。
高橋:通訳を通さなくても、口をはっきり動かしてくれる人がいると、すごく読み取りやすいですよね。僕が手話の読み取りの練習をしていても、口だけで読み取れちゃうくらいの方もいます。
那須:一番わかりやすいのはアナウンサーですね。初対面の人に「アナウンサー喋りでお願いします」って伝えることもあります。
高橋:それはうまい表現ですね。それでも読唇だけでは読み取りにくい情報もあったりしますか?
那須:イントネーションがわからないので、言葉のニュアンスを取り違えることは良くあります。含みのある言葉を正確に理解するのは難しいですし、笑いながら怒っているようなときも、その人の本心はまったくわからないです(笑)。
高橋:僕みたいにいつも笑っている人だと、伝わりづらいかもしれませんね(笑)。
社会のマナーが、理解のハードルに。
高橋:お話を聞いていて、コミュニケーションの中でイントネーションはかなりのウェイトを占めているのかもしれないと思いました
那須:そうですね、社交辞令で言っているような場面もわかりません。「今度遊びに行くね」って言われたら本気にしてしまいます。
高橋:「いいですいいです」って言われても、本当はほしいのか、本当に要らないのか、わかりにくいですよね。聴こえない方々は、そういうときはどう表現するのですか?
那須:表情の強弱で伝えますね。でも社会のマナーとしては遠まわしに表現すべきところを「いいです」ってストレートに伝えちゃう、という場面はあるかもしれません。聴こえない人に「オブラートに包みなさい」と言われても無理なので、そういうものとして受け止めてもらえたらありがたいですね。
高橋:ひとつの表現だけじゃなくて、会話の前後や空気感で感じ取るようにするといいんでしょうね。良く知っている間柄なら、「この人ならそんな事言わないよね」って判断できるかもしれない。だからこそ、相手を知るって大事ですね。
那須:本当にそうですし、それは「聴こえる・聴こえない」とは関係ないことですね。
高橋:関係ないですね。結局は関係性で成立しちゃうことなのだと思います。
(対談ここまで)
ためらいも諦めも、「伝えたい」という気持ちと関係性で乗り越えていける。理想論のように聴こえるかもしれませんが、やはり本質はここにあるということが、立場を越えた対話から透けて見えてきました。
次回は最終回。立場を越えたより良いコミュニケーションを社会に浸透させていくソーシャルアクション「スローコミュニケーションプロジェクト」について語り合います。
[文:池田美砂子(4Heartsサポーター)]
(その2終わり)
「聴こえない」ってどういうこと?聴こえ方、理解度、困りごと…当事者の本音が明らかに。 【4Hearts代表・那須かおり×スポーツメンタルコーチ・高橋基成 対談その1】
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