「周りの音がわからない状態」でコーヒーを注文してみると

突然ですが、「コーヒースタンドで好みのコーヒーを選び、注文して買う。」そんな何気ない日常の行為に戸惑いを感じることってありますか?

たとえば、

「注文してから席に行くのかな?それとも座っちゃっていいのかな?」

「どんなコーヒーなのか、よくわからないな…」

そんなときはどうします?

もちろん、「聞いてみれば」いいですよね。

でも、音が聞こえない(聞こえづらい)としたら?

簡単に「聞いてみる」ことができるでしょうか?

目次

  1. まずは「聞こえない」を経験しよう!!
  2. コーヒースタンドの伝票に書いてくれた感想
  3. その他から聞こえてきた感想
  4. コーヒースタンドでのやりとりから
  5. 体験した方の内面の声
  6. お店側、ぼくの気づき
  7. まとめ
  8. その後、街の中で実際に…
  9. 改めて振り返ってみると

1. まずは「聞こえない」を経験しよう!!

 健聴者の多くが意識もしない「わからなかったら、聞けばいい」という“当たり前”。その“当たり前”が“当たり前”に出来ないとき、どんな気持ちになるのか、想像してみることってできますか???……正直、ぼくには想像することが難しいです。実際に経験してみないとやっぱり「わからない」と思いませんか?

 そこで、聴覚障がいを抱える人の心の声に気づいてもらおうという取り組みが茅ヶ崎市で行われています。耳栓とヘッドホンをつけて「周りの音がわからない状態」で街を歩いてもらいながら、心の中でどんな感情がわきおこるのか内観してもらうワークです。それを行っているのは一般社団法人4Heartsさん。一般社団法人4Heartsさんは、聴覚障がい者がかかえる様々な社会問題を多くの人と共有し、地域や社会と“ともに”解決することを目指し2020年に設立されました。

 今回実施されたのは茅ヶ崎市にあるチガラボという場。チガラボは地域で活動する人々が「自分のやってみたい!(チガラボではTAKURAMIとよんでいます)」を気軽に試してみることのできる場です。チガラボでは年に2回開かれる「TAKURAMIフェス」というイベントがあり、様々なTAKURAMIが集います。2021年11月7日に開催された「TAKURAMIフェス」に、一般社団法人4Heartsの那須さんと津金さんも出展して実施されたものです。

Photo of a person ordering at a cafe
A photo of a person wearing headphones at a cafe and ordering inaudibly

 このレポートを書いているぼくはチガラボのTAKURAMIメンバーとして「値段の決まっていないコーヒースタンド」を開いているReiと申します。今回の事例では、同じくTAKURAMIフェスに出展していたぼくのコーヒースタンドを利用された体験者の方々から様々な声を頂戴することができたので、その声をまとめさせてもらいました。

2. コーヒースタンドの伝票に書いてくれた感想

  • 人との触れ合いの味がしました。おいしかったです。(捕捉:オーダーがたてこみ提供を待っている間、隣の方が色々とコミュニケーションをとっていてくれた)
  • コーヒーの注文はできたけど、その先のコミュニケーションは難しい。
  • 聞こえないのが不自由もあるが、出来事が理解できないことでの判断ができないことが困る。

3. その他から聞こえてきた感想

  • 自分が声を出しているはずだが、その声が耳から入ってこないので本当にちゃんと話せているのかわからない。
  • 英語を話そうとする時のように、語彙力がなくなる。簡単な言葉のやりとりしかできなくなる。
  • 自分は、周りが何を言っているかわからなくてもノリでイエーイ!って輪に入ろうと思えば出来なくはない。でも、シャイな人には無理だと思う。
  • 初めての利用でお店の仕組みが全くわからない。テイスティング用のコーヒーも勝手に飲んでいいものなのかわからない。一応注文はできたと思うが、ファスト店ではないため、自分が正しいことをしているのかどうかもわからない。
  • 隣の人がメニューを指差して👍してくれているので、きっと「これは美味しいですよ」と言ってくれているのだろうという簡単な推測はできる。
  • お店にたててあった案内を手がかりに、値段はあとで自由につけていいんだなというのは一応わかった。
  • 隣の会話がわからないため、何となく孤独感がある。
  • ここにいる人はきっと親切な人たちだと思うので大丈夫だと思えるが、もし他の店だったら、自分について周りの人に何を言われているだろう、と不安になるだろう。
  • 「きっと見ればわかるよ」という簡単な言葉でも、『わかるから大丈夫だよ』と言ってくれていることが判らず「わからない💦」と苦笑いしてしまう。
Photo of the information panel for coffee with no fixed price

4. コーヒースタンドでのやりとりから

  • メニューを指差ししながら案内したら、「お!これならなんとか注文できそう」と安堵の様子。その方ご自身がコーヒーを飲めないため、誰かへのギフトとして注文する旨をジェスチャー(+声も使いつつ・・・)にて伝えてもらった。ぼくはその方がコーヒーを飲めないことを知っていたため、すぐにピンときたが、どんな方か知らない場合はうまく察することが出来なかったかもしれない。念のため、ぼくが理解したことを書いて見せたところ「そうですそうです!」と頷いていた。その方は、「全然周りの音が聞こえない状況でどう伝えよう…」という感じだったので、文字を見せてくれた気遣いがとても嬉しかったとのこと。
Photo of the explanation panel of each coffee with different taste
  • 「コーヒーを持ち歩いて他のブースへ行ってもいいですか?」と聞かれたので、OKサインをしてから右手でぐるりと「周り」を表し「どうぞ」のジェスチャーをしたところ、表情が柔らかくなってコーヒーを持っていかれた。

 以上はぼくが断片的に見聞きした様子でした。次は体験者されたおひとりから内面の声を言葉にしていただいたので、そちらもご紹介したいと思います。

5. 体験した方の内面の声

【耳という武器を奪われて】

 なんだこのうるさい音は?あー音を消すために逆に音を出しているのか・・・・あれ?音が聞こえなくなったら相手の口の動きが気になる。う〜ん・・・何を言っているのか分からない?

ヘッドホンを外してその感じを伝えてみた

 あっ!外したら意味ないじゃん。やっぱりしばらくヘッドホンは付けっぱなしにしておこう。その辺見学してみよっと・・・音が聞こえないとつまらないな。あっ!珈琲飲もっと!

カウンターに座ってみた

 店主が気を使って話してくれるけど何だろう?あー試飲を勧めているんだな。書いてある文字を指差してくれるとありがたいな。とりあえず試飲してみよう。鼻が効かないのと違って味は影響しないかな。でも、周りの音を気にしない分試飲に集中できるな。味の好みがこっちだからこれください

珈琲ができるまで待っている

 店主の珈琲を入れる動作がいつもより鮮明かな。音が聞こえない分、他の感覚の能力が上がっているのかもしれない。
 隣の人と店主の話している内容が気になる。でも分からない。店主が話の途中で目配りするけど分からないから・・・・とりあえず笑顔っと・・・・あれ?何故笑顔やねん・・・?自分でも分からん・耳が聞こえないのも不便だけど・・・・聞こえないことで周りがどう動いていくのか?(想像する情報の欠如)自分に何をしてもらいたいのか?それらが分からないことがとてもストレスなんだと感じるな。

6. お店側、ぼくの気づき

  • コーヒーを淹れているときに手をとめたり、視線をそらすことは難しい。そのため、「こんにちは」や「少しお待ちください」という声がかけられないのがもどかしい。「こんにちは」には「貴方がいらしてくださったことをちゃんと把握しています」という相手の存在を認めている意志表示が含まれてる。「少しお待ちください」という声かけには「貴方を置いてけぼりにするつもりはありません」という意志表示が含まれている。そんな基本の姿勢も再確認できた。改善点として、お店の案内も兼ねたメッセージボード作成の必要性を感じた。
  • 「わからない」とはっきり伝えてもらえれば、伝わるまでやり方を変えたり工夫することが出来る。しかし、「わかったふり」をされてしまうと本当にわかってもらえたのか、不安を感じていないかが判らず心配になる。本当の意味で満足してもらえるよう、気兼ねなく伝えてもらえた方がありがたい。
  • 音の聞こえる人でもお店のシステムへの勘違いはよくある。ただ、わからなくても「聞けば」すぐ判ることが大半。少し恥ずかしい気持ちにはなっても、笑って済ますことができる方が殆どだから、お店側も「聞かれたら、答えればいい」という姿勢になってしまっていたと気づいた。「聞かれたこと」はやさしい日本語で表示しておくと誰に対してもやさしいと気づいた。
  • 「あなたのご注文カード」のような番号札をお渡し、自分の注文がちゃんと伝わったのか見えるようにする工夫も大切かもしれない。それは、注文ミスをなくすことや、まれに生じる「思っていたことと、口に出していたことが違った」というお客様側の勘違いによる注文違い防止にも繋がる。

7. まとめ

 今回の体験者さんたちはぼくの知り合いの方々でした。しかも、ヘッドホンを付けているため、「周りの音がわからない体験中」なのは一目でわかります。メニューの案内も最初から指差しで示すことができるし、隣の方が話しかけるハードルもとても低かったと思います。それでも、「周りの雑談がわからず、輪に入れない…」という不安は、体験者全員が抱いたようです。

 これが、

初めてのお店だったとしたら?

親切にしてもらえるかもわからない見知らぬ人たちの中だったとしたら?

 …お店に入るのを躊躇うこともあるかもしれません。

 それとも、

喫茶店は注文出来ればそれで十分?

 …そんなことはないはずです。

 ぼくは今回の経験を通して、「周りの音が聞こえない」ことによって生じる気持ちについて改めて向き合ってみることができました。ぼくが今回痛感したのは「“気持ち”だけでは不十分だ」という事実です。

8. その後、街の中で実際に…

 ぼくが横浜のお店に立っているときに、入ってきたのは赤ちゃん連れの若いご夫婦。あいにく満席だったため、「只今満席なんです」とマスクをしたまま声をかけたぼくに対して、そのお客様はご自身の耳を差し溜息をつくように首を振りました。「耳が聞こえない」という意味の動作だとすぐ気がついたぼくは、すぐにジェスチャー、指差し、筆談などを用いながら無事に注文を受ける事ができました。そして、ドリンクを渡した際、嬉しそうに「ありがとう」の手話をしてくれたお客様に、ぼくも拙い手話で「ありがとう」を返すことができたのは、本当に4Hearsの那須さんと津金さんのおかげです。もし、TAKURAMIフェスでの経験がなければ、すぐに対応することはできなかったと思います。恥ずかしながら、数年前のぼくは「ありがとう」の手話すら知らない人間だったので。また、耳が聞こえない(聞こえにくい)人でも「話す」ことができることをきちんと理解していませんでした。

9. 改めて振り返ってみると

 今回の一連の経験を通して改めて感じたのは、次の二つの問いです。

 街に出れば必ずすれ違っているろう者や難聴者の方々に気がつかないのは何故だろう?

 目の前にいる人に、「話しても大丈夫だろうか…」と思わせてしまうのは何故だろう?

 見ただけではわからなくても、街の中には様々な特性やアイデンティティを持つ多様な人々が居るのが当たり前だと、改めて思い知りました。

 「普通は居ないでしょ」という前提から、「普通に居るよね」という意識に変わったら?もっと街を歩くのが楽しい♪と思える人がいっぱいになると思います。

 まずは「知る」ことから。

 そして、ただひとりの人と人として丁寧に接することから始めたいと思いました。

 このレポートが少しでもお役に立てれば幸いです。

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