聴覚障害者の就労支援に携わって

就労移行支援事業所 就労支援員
岩山 誠(社会福祉士)

1.経歴、生い立ち紹介

 生を受けたのは東京都国立市です。2歳頃に先天性重度聴覚障害があることが判明したため、幼稚部から高等部までろう学校で学びました。大学進学後は、大学受験で門前払い、入学拒否などの差別を経験した経験から障害者の人権論に関する研究に取り組んでいます。大学院修士課程時代に、ろう運動に関わるようになり、当時住んでいた県の聴覚障害者協会の監事や青年部副部長などを務めました。当時はまだ学生でしたので、青年部員たちから就労問題で相談を持ち掛けられても社会経験がなく十分なアドバイスができず、悔しい思いをしたものです。それがきっかけで聴覚障害者と企業のかけ橋になることを志し、大学院修了後は障害者の雇用促進行政を担っていた厚生労働省へ入省しました。
 入省後は東京労働局に配属され、都内の各公共職業安定所に勤務し、障害者の就労支援や統計調査関係の業務などに携わっています。私の噂を聞きつけて全国各地から相談にいらっしゃった方々の支援をする中で、聴覚障害者に対する就労支援体制や情報保障支援制度などの社会資源の整備が進んでいないために多くの聴覚障害者が苦しんでいる状況に問題意識を持つようになりました。こうした問題を社会に対して問題提起したいという思いから一念発起して職場の自己啓発休業制度を利用して休職し、大学大学院博士課程に進学しました。そこでは欧米の聴覚障害者に対する就労上の支援制度に関する研究に取り組みました。在学中にイギリスのセントラル・ランカシャー大学ろう・手話国際研究所に留学し、職場で情報保障を受けるために役立つ欧州各国の公的制度の調査研究も行っています。
 留学中にイギリスなどで聴覚障害者の当事者団体が自ら聴覚障害者に対して就労支援やメンタルヘルス支援を行っていた状況を目の当たりにし、我が国でも聴覚障害者団体の活動を盛り立てる必要があると考えましたので、帰国後は、厚生労働省を退職し、聴覚障害者支援を展開する聴覚障害者団体に転職しました。以後は複数の団体で就労継続支援B型事業所、放課後等デイサービス事業所の管理者・サービス管理責任者等を歴任しました。現在は私の原点でもある一般企業への橋渡しという役割に立ち返り、都内の就労移行支援事業所で聴覚障害者の就労支援に取り組んでいます。

2.聴覚障害者の就労に関する現状と課題

 聴覚障害者の就労については、職場定着が不安定であるということが昔からよく言われています。その原因としては大きく分けると3つになるかと思われます。第一はコミュニケーション上の課題、第二は情報共有上の課題、第三は就職・就労上の不安を抱える聴覚障害者に対する就労支援機関の支援体制上の課題です。

 第一のコミュニケーション上の課題は、本人自身のコミュニケーションスキルに関心が集まりがちですが、こうした片面的な見方では、真に心から通い合ったコミュニケーション関係の構築は難しくなります。受け入れる側である事業所としては、以前ほどではなくなっていますが、いまだに本人の口話スキルを求めようとする風潮がみられます。しかし、コミュニケーションはお互いの働きかけによって成り立つという双方向的な性格がありますので、事業所としては、本人のコミュニケーションスキルに一方的に任せるのではなく、筆談や手話、ジェスチャーなど相手のコミュニケーション特性をふまえた柔軟かつ適切な対応が求められます。本人と事業所が相互に歩み寄ることでより良いコミュニケーション関係が築かれ、スムーズな業務遂行に繋がることでしょう。こうした歩み寄りを促すためにも、①聴覚障害者が、電子筆談ボードや音声認識アプリなど近年の情報技術の発達により向上しつつあるコミュニケーション補助ツールの活用など自身でできるコミュニケーション上の工夫を学ぶ機会を設ける、②事業所が聴覚障害者とのより適切かつ効果的なコミュニケーションができるように障害特性とコミュニケーション方法を学べる機会を設ける、といったような、教育、行政上の対応が望まれるかと思います。

 第二の情報共有上の課題について、特に問題となるのは朝礼や研修、会議といった一定数以上の参加者が集まる場での情報共有であり、長年の懸案事項となっています。事業所がこうした場での情報共有に消極的な姿勢を取ることの背景としては、もちろん聴覚障害者の情報共有に対する認識の温度差があることも関係していますが、それ以上に情報共有の為に必要となる経済的コストを十分に軽減しうる制度が整っていないことも大きな要因であると考えています。
 というのも、2016年の障害者雇用促進法の改正により、合理的配慮の考え方が導入され、法的にも情報共有を含む職務上の配慮を求めるバックボーンが公的にも確立されましたが、その後も改善の兆しは見られていないからです。障害者雇用促進法改正後に実施された全日本ろうあ連盟の調査結果では、同法改正後1年間における就労場面における配慮状況として、職場で朝礼・会議・研修での情報保障に関する配慮を受けたことがあると回答した聴覚障害者は全回答者569人のうち25人にとどまっていました(「手話でGO!GO!合理的配慮」(全日本ろうあ連盟発行)。つまり、法的な強制力により対応を促すだけでは企業の合理的配慮提供に向けた取り組みを促すことに限界があり、配慮を提供するために必要となる経済的負担を十分にカバーできる制度も併せて整備しなければ、企業の取り組みを促すことが必要なのではないかということです。
 この点、現行制度では、高齢・障害・求職者雇用支援機構による「手話通訳・要約筆記等担当者の委嘱助成金」が就労上聴覚障害者に手話通訳者が必要となった場合の費用助成を行っています。ただ、利用1回当たりの支給金額や年間の支給金額に上限が設けられていることや支給期間も限定されていることなど、諸々の利用上の制約があることから、助成金の利用実績は低調にとどまっており、十分に活用されているとは言えない状況です。
 我が国と同様に障害者差別禁止および合理的配慮の促進を制度として導入する国々を見てみると、イギリスやノルウェーのように合理的配慮を促進するための制度も導入しているところが目立ちます(「手話でGO!GO!合理的配慮」:全日本ろうあ連盟発行)。中でも、障害者法定雇用率制度など我が国と障害者雇用促進制度のシステムが似ていると言われるフランスの制度が参考になるのではないかと思います。同国では、法定雇用率未達成企業から納付された納付金を財源として障害者の実施のために事業主が負担する費用について全部または一部を補填する助成金制度が設けています。その中で聴覚障害者の職場における情報共有に関するものとして次の助成金が用意されています。
 ①対面による会議・面談等における手話通訳・筆記通訳:年間最大 2,600 ユーロ(翌年更新可能)
 ②研修時における手話通訳・筆記通訳等:年間最大 9,150 ユーロ(翌年更新不可)
 ③ビデオチャットによる手話通訳に係る整備費:最大 1,300 ユーロ(翌年更新不可)
 〈※1ユーロ=約130円:2022年2月1日時点〉
 ①のように職場で日常的に必要となる情報共有の為の手話通訳・筆記通訳については利用期間を限定していない上、②のように入社時の研修の情報共有の為に日本円にして100万円を超える助成金を支給しており、入社時の支援を重視するシステムとなっている点は、我が国が見習うべき点であると言えるでしょう。こうした諸外国の取り組みに倣って、我が国も企業が職場における情報共有に取り組みやすい制度改善を進めていくことが望まれます。

 第三の就職・就労継続上の不安を抱える聴覚障害者に対する就労支援機関の支援体制上の課題に関してですが、従来我が国のろう学校、地域の学校における聴覚障害児童・生徒を対象とした確実な教育体制の環境整備が大きく立ち遅れていたこともあり、就労上のスキルはもちろん、基礎学力、社会的常識さえも不十分なまま就労へ送り出されてしまった多くの聴覚障害者が方々の職場で様々な壁に直面しています。また、今でも発達上の課題を抱えるなど若い聴覚障害者でも就職・就労継続上の不安を抱いているケースが少なくありません。
 このような聴覚障害者に対して、労働行政・就労支援機関は残念ながら適切な支援を提供しうるだけの十分な理解・支援ノウハウを備えているとはいえません。とくに、近年、障害者の就労支援の枠組みの中で全国的に存在感を高めてきている障害者就業・生活支援センターに関しては、その対応が遅れているということで、全日本ろうあ連盟は、政府の障害者雇用政策に関する研究会において、その対応の改善を要望しているところですが、その後も目立った改善の動きは見られません。
 一方で、かつての障害者自立支援法から現行の障害者総合支援法に至る過程で聴覚障害者に特化した放課後等デイサービスや就労移行支援事業所B型等が増加しつつあり、今では就労移行支援事業所、就労定着支援事業所もごく少数ながら設立がみられるようになっています。こうした事業所の多くは聴覚障害当事者による団体が運営されていることが多く、いわば当事者によるピアサポートが取り入れられた支援が提供されるようになっています。このような事業所が今後聴覚障害者の就労支援分野における従来の行政機関や就労支援機関における体制の脆弱さをカバーしうるまでに発展することが期待されます。
 ただ、特に地方を中心として専門性を備えた人材を確保することが難しいために頭を悩ませている事業所がみられることや、全国的な課題として脆弱な運営基盤を強化する必要性などが指摘されています。聴覚障害者が利用できる社会資源の少なさをふまえて、このように聴覚障害者に特化した支援を提供する事業所に対する施策上の対応が望まれるところです。

3.コロナ禍による現実、影響と課題

 コロナ禍によって、従来の労働環境に大きな変化がもたらされました。職種、職域によってはテレワークが取り入れられるようになり、従来通りの出勤を続ける職場でも人々はマスクをつけて一定以上の距離を置いて仕事をするようになりました。このように従業員全員が職場に一律に出勤し、顔を合わせて緊密にコミュニケーションを取りながら仕事をするという労働環境が一変したことにより、多くの聴覚障害者が戸惑いと行き詰まりを感じるようになり、新たな労働環境に応じた働き方を模索せざるを得ない状況に置かれています。
 テレワークの導入をした企業では、リアルタイムに筆談で確認を取って疑問点を解消しながら仕事を進めることが難しくなったとか、職場全体の動きを見ながら自分がどう動くか判断するということができなくなった、ミーティングもオンライン形式になり、手話通訳を配置したり同僚が要約筆記したりするといった従来の配慮では対応が難しくなったという困惑の声が聞かれるようになっています。また、マスクを装着することが一般化したことで、読唇はもちろん表情を見て相手の意図をつかむといったことが難しくなり、コミュニケーションがますます取りづらくなったという悩みを抱えるようになった聴覚障害者も多く見られます。
 このように従来の労働環境でとられていた配慮、工夫が通用しなくなった局面で、聴覚障害当事者としては配慮提供体制を組み直したり新たな工夫を考えたりしなければならなくなります。そのような時に、すでに行われている好事例が蓄積されたデータベースのようなものがあれば、それを自分の職場環境に応じてアレンジして活用することができるようになり、よりスムーズに解決できるようになるのではないかと考えています。そのようなデータベースの構築に向けて私も携わっているある研究グループで取り組みを進めていますが、好事例の収集、整理、情報発信のためには丁寧な対応が必要であり、実用化されるまでにはもう少し時間がかかるでしょう。このデータベース構築に向けた動きに関しては情報を発信できる段階になったときに改めおわりにてこのサイトでお伝えできればと思っています。

おわりに

 我が国の障害者関連施策はどうしても非障害者の手で進められがちであり、その施策の受け手である障害者の視点が十分に反映されにくい状況が見られます。そのようなこともあり、行政的な対応では十分にニーズがカバーされないところが多く、そうした部分を我々当事者自身の手でカバーしていかなければならない状況があるのが現実です。こちらのHPの主宰者である一般社団法人 4Heartsによる様々な取り組みに向けたモチベーションとしてはそうした想いもあるのではないかと拝察しています。
 私は、イギリスに留学し、現地の聴覚障害者が就労時間中職場に手話通訳者を常駐させて他のきこえる人と同様に仕事をこなしている様子を目の当たりにしました。かつて私たちが夢にも思わなかったこのような状況をすでに実現させている国々があるのです。そうした国々では何十年にもわたる運動の積み重ねを通してこうした状況を作り上げてきているのです。私たちも日々の取り組みがいつかは理想とすべき状況の実現に繋がっていくという想いを抱きながら突き進んでいけるようにしたいものです。
 最後にこの場をお借りして執筆の機会を賜った一般社団法人 4Hearts様に心より感謝の気持ちを申し上げて筆をおかせていただきます。

 以上

photo of Office

(著者)

photo of author

岩山 誠

 平成14年厚生労働省入省、都内の公共職業安定所にて障害者の就労・職場定着支援、事業所指導等の職業安定行政に約11年間携わる。
 1年間の英国留学から帰国後、聴覚障害者支援団体に転職し、就労継続支援B型事業所、放課後等デイサービス事業所にて管理者・サービス管理責任者等を歴任。
 現在は就労移行支援事業所にて就労支援員を務める。
 社会活動として全日本ろうあ連盟福祉・労働委員会で労働専門委員を平成27年から務めている。