手話通訳派遣3つの問題

Three problems with sign language interpreter dispatch

この度、4Hearts代表の那須が産業カウンセラーに合格しました。
2020年の1月から10ヶ月間、全17回の養成講座に通いました。少人数で、ライブ形式のカウンセリング実技を9時~17時までみっちり。終わるころには全員、心も脳もへとへとになる結構ハードな講座です。

私は普段、口話である程度コミュニケーションを取れます。しかし、カウンセリング実技においては手話通訳が必要だと判断しました。それは「うーん…」「そうですね…」(沈黙)といった微細な音声による感情表現を、情報保障を受けて全て把握することで、一般的な傾聴の基礎をしっかり習得したかったからです。

毎回、手話通訳さんに2名同行して頂いていました。でも実は、そこに至るまでがとても大変だったのです。
今回は手話通訳派遣の3つの問題と、講座を通した聴覚障害者ならではの気づきを最後に書いて締めたいと思います。

※今回の記事は「どこかが悪い」「誰が悪い」というものではありません。
みんなで考えるきっかけになったらと思います。

 

Three positions in sign language interpreter dispatch

  

手話通訳派遣3つの問題

1.手話通訳派遣には、市町村ごとに派遣要綱がある

那須 産業カウンセラーの養成講座に通おうと思うんだよね。
A いいんじゃない。
那須 もう申し込みもしてお金も払ったんだけど、内容的に手話通訳が必要かもしれなくてさ。
A え!いやいや(汗)まず市役所に派遣依頼に行って!断られるだろうけど、とにかく行ってきなさい!その後、県に聞いてみよう。

 

2019年12月も暮れの会話です。
1月中旬から講座がスタートするという段階でした。
手話通訳派遣の仕組みを、私は最初分かっていませんでした。手話通訳な仲間に話したときには既に、講座の申し込み&振り込みを済ませていました。聴覚障害者で通訳が必要になるかも、ということは申込フォームの備考欄に書いて送信していました。

市役所の障害福祉課に行ってお話をしてみた所、やはり認められませんでした。担当の方が、ダメ元で課長さんなどにも相談して下さった上でのことで、申し訳なさそうに平謝りされました。

市町村ごとに違うのですが、私の地元市役所では、個人的な資格取得などのための手話通訳派遣は、派遣要綱で認められていなかったのです。理由は「講座開催側・企業側が手話通訳をつける合理的配慮をするべき」。
 

2.県の手話通訳派遣は有料

神奈川県の手話通訳派遣は、藤沢市にある神奈川県聴覚障害者福祉センターが請け負っています。現地に行き、コーディネーターと面談してあれこれと親身に見積もって頂きました。全17回の講座に3人の手話通訳を9時~17時で付いていただくとなると、有料で正規料金はゆうに自腹100万円を超えるということが分かりました。もう極限まで減額していただいても、約40万円。

養成講座の受講料約30万円+手話通訳派遣費用(減額)約40万円=約70万円

聴者は約30万円の受講料だけで講座を受講できても、聴覚障害者は情報保障を受けるために聴者の倍以上のお金を自腹で払わないといけないことになります。正規料金だと4倍以上にもなります。
 

3.合理的配慮の落とし穴

残るは、市の言う「開催側が合理的配慮を」という部分です。

産業カウンセラー養成講座の受講約款には「甲は事業者として、障害者差別解消法に定める合理的配慮を提供するよう努めるものとします。」と書いてあります。でもこれは努力義務。強制力はありません。

講座を受ける前に、産業カウンセラー協会から呼び出され面談をしました。「こういう講座ですが、本当に大丈夫ですか、受けられますか」という確認でした。

ライブ形式のカウンセリング実技というのは、役割を演じるロールプレイではなく、実際に受講生がカウンセラーとクライエントになって、それ以外の人が観察をしているという実行・フィードバックスタイル。だからこそ、教室内は実際の受講生の悩みやプライベートの深い話が出てくるのです。そのため、養成講座主催側からはこのように言われました。

① 手話通訳が日によってコロコロ変わるのはあまり望ましくない。
② また、手話通訳を現場に入れることを認めるなど合理的配慮はするけれども、派遣や費用までは負担できない。
③ 講座参加者が通訳に自分の話を聞かれたくないと1人でも言えば、通訳を室内に入れることは出来ない。それは当日に、受講生たちに聞いてみなければ分からない。(過去に当日、門前払いを食らった手話通訳がいるとのこと)
④ 上記のこともあり、当日に知り得た内容については守秘義務を守ってもらいたい。そのための同意書も書いてもらう。

 

①に関しては、手話通訳を全く同じ人にずっと固定、ということは基本的に難しい。通訳さんも仕事を休んだりして、本業の合間に請け負っている方もおられるので、なるべく同じ人になるよう努めるが、完全には無理だと伝えました。

②は、今回は費用負担できないにしても、今後は一部負担など検討して欲しいということをコーディネーターが間に入って下さり、お伝えしていただきました。

④は、ちょっと理不尽だと感じました。
まず、手話通訳者はボランティアではないし、ハードな講習を受け司法試験より難しいといわれる試験に合格してやっとで資格取得できる専門職だということ。もともと手話通訳自体に、どれだけ厳しい守秘義務が課せられているのかをご存じないゆえの、発言に感じました。

ただ、万が一なんらかのトラブルが起きた時のために、養成講座側がリスクヘッジしておくことは、個人情報保護の観点からも避けられないことなのでしょう。

 

結局手話通訳派遣費用に関しては、あまりに高額なので、なんとか格安有料ボランティアでやって頂ける人も見つけながら、講座を受講しました。ご協力いただいた通訳の皆様、本当にありがとうございました。謝金の寄付もありがとうございました。

本来なら、ボランティアはあってはならないです。手話通訳は司法試験よりも難しく、合格まで何年もかかり、費用も時間もかかってようやくなれる「専門職」です。そんな専門職にも関わらず、労働条件は最低賃金ギリギリとかです。英語通訳だったら、それ1本で食べていける人もいらっしゃいますが、手話通訳1本で食べていける人はほんの一握りではないでしょうか。

手話通訳の労働条件改善が叫ばれている中、正直心苦しいですし、対等な立場で情報保障を受けるということが大切です。

 

合理的配慮とは

2016年4月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行されました。行政・事業者に対し、ひとりひとりの困りごとに合わせた「合理的配慮」の提供が義務化されました。

そして2021年3月には、企業にも義務付ける改正法案の閣議決定ニュースが流れました。

 政府は9日、障害がある人の移動や意思疎通を無理のない範囲で支援する「合理的配慮」を提供するよう、企業に義務付ける障害者差別解消法改正案を閣議決定した。施行日は法律の公布から3年を超えない日とし、現時点では未定。今国会での成立を目指す。

 合理的配慮は、車いすを使う人の通行のため段差にスロープを設けたり、人が介助したりすること。聴覚障害者と筆談で会話するなどの対応も当てはまり、費用負担が過度にならない範囲で行う。現行法は、配慮の義務付けは国や自治体にとどまり、企業は努力を求められるだけだった。

 障害者団体は改正案の早期の施行を要望。企業は慎重姿勢だった。

2021年3月9日 08時44分 (共同通信)

差別解消の観点でいえば「配慮しない」ということはありえないわけで、確かに喜ばしいことです。しかし現在の状態で、合理的配慮の義務化となった場合、不安が残ります。

 

 

Qualification acquisition cost for sign language interpreter dispatch

 

(例)
・手話通訳・要約筆記派遣の配慮をしなければならない
  ⇒企業からの手話通訳・要約筆記派遣依頼窓口は、基本的に県派遣(有料)になる。
  ⇒県から正規料金を請求された。100万円。
  ⇒講座受講料は30万円だが、情報保障の正規料金を企業が負担すれば大赤字になる。
  ⇒かといって聴覚障害者の受講を断ると差別と言われる。
  ⇒そこで、派遣手配は企業がするが、費用は持てないので別コースをチョイスしてもらうことに。

 

こういったことが起き得る可能性があります。
手話通訳・要約筆記派遣費用の問題が立ちふさがる限り、聴覚障害者がいつまでたっても聴者と同じ条件で資格取得をするなど、地域社会に参加することが出来ません。
社会と共に考えていく必要があります。

 

手話通訳をつけて理解したこと

最初に書いたように、那須は普段、口話である程度は聴者とコミュニケーションをとっています。時々分からない所があれば、筆談をしてもらったり、手話通訳をしてもらったりしています。
今回手話通訳に入って頂いたことで、聞こえていないからこその大きなハードルを見つけることができました。
少人数のライブ形式で、それぞれがカウンセラー・クライエント・観察者になって、実際のリアルなカウンセリングをします。
「えっとぉ…」「うーん、そうですね~」「あのー」「ん~」(沈黙)など、これらの言外の言葉も全て通訳していただきました。普通はそういう言外の言葉や、言葉にならない音声は通訳しません。とても技術が必要なことなので、手話通訳者ではなくベテランの手話通訳士に来ていただきました。

Attendance at an industrial counselor

那須が観察者のとき
カウンセラー・クライエントのそれぞれの両脇に手話通訳が1人ずつ座り、通訳をする。

那須がカウンセラーのとき
クライエント後方の、微妙に重なる位置に手話通訳に座ってもらう。那須はクライエントをまっすぐ見ながら、視覚の端で少し遅れて表現される手話通訳を認知し、理解があっているかの確認をする。

那須がクライエントのとき
カウンセラー後方の、微妙に重なる位置に手話通訳に座ってもらう。那須はカウンセラーをまっすぐ見ながら、視覚の端で少し遅れて表現される手話通訳を認知し、理解があっているかの確認をする。

 

これをしていると、ふと気が付きました。
聴者は、言外の言葉があまりにも豊富なのです。無意識に独り言を言っていたり、口癖がいろいろあるだけではありません。うなづきにも、たくさんの音声があるのです。「うーん…うんうん。」「あー、うん」「ん~(同意の意)」
一見すると、うなづいて「うん」と言っているだけに見えたりするのですが、声はバリエーションに富んでいたのです。他にも、一見すると口も動かさず表情も変わらずこちらを見ているようでいて、実は喉を震わせ「ん~」といって、聞いていますよという意思表示をしていたりもする。

言外の言葉、言葉にならない音声まですべての通訳をされて初めて、私が知った世界でした。
だからこそ、私がカウンセラー側に回ったとき、音声のある相槌が聴者並みのバリエーションや量でうつことができませんでした。

その代わり、私は声はありませんが、表情は豊富だし、顔を動かすうなづきのバリエーションと量が相当多かったのです。目力で相手の目を見て、しっかり聞いていますというオーラを出していたため、聞いてはくれているんだというのは伝わったようです。それでもあいづちの声がないことで、当初は他の受講生は戸惑っていました。

このように、手話通訳を付けていただくことよってはじめて気が付く世界があるのです。情報とは言葉になる部分だけが情報でない、ということを知って欲しいです。聴者と同等の情報保障を受けることで、ようやく聴覚障害者は同じ土俵に立てるのです。

 

Nasu-san Photo

著者:那須 かおり

心理カウンセラー。一般企業勤務を経て、2020年5月一般社団法人4Heartsを設立。
生まれつき重度聴覚障害。様々な誤解を受けたり、困りごとをうまく伝えられずにいた自身の経験から、気持ちを言語化することの大切さを伝えている。
2019年、左耳に人工内耳手術実施。