小宮山日記(11)
世界でも数少ない“聴覚障害者のための大学”で学ぶその挑戦を、コラムとして届けていきます。日本とは異なる文化や環境の中で、小宮山さんが何を感じ、どんな視点を持つのか。等身大の言葉で綴られるリアルな声を、どうぞお楽しみに。

小宮山です。
昨年8月中旬に日本を出発してから、半年が経過した。
日記を書くたびに、時間の流れの速さを実感している。入学当初は英語もASLも十分ではなく、ホームシックも重なり、一日一日が長く感じられた。しかし現在は、他学生との交流を通じて英語やASLを学び続けながらも、講義内のディスカッションでは教員や学生の発言の約7割を理解できていると感じられるようになった。語彙力の向上を実感すると同時に、継続的な努力の大切さを改めて認識している。
今年8月からはギャローデット大学大学院へ進学予定である。そのため語学力の向上に加え、日本の就労支援の現状、セルフアドボカシー、ろうアイデンティティの形成過程などに関する資料の読み込みや友人への聞き取りも進めている。帰国後の実践も視野に入れながら、理論と自身の経験を結びつけて学びを深めていきたいと考えている。
1月中旬にはワシントンDCで数年ぶりの大雪があり、約2週間にわたり講義がキャンセル、またはオンラインへ変更となった。キャンパス外には凍結した雪が残り、外出が難しい状況が続いたが、寮内のランニングマシンで体を動かしたり、部屋で読書をしたりしながら落ち着いて過ごすことができた。現在は講義のスケジュールも確定し、教員やクラスメイトの雰囲気も把握できたことで、安心して学習に取り組めている。
今学期は6科目を履修しており、社会学、教育神経科学、ろう者学(研究法、「正常性」とは何かを問い直す授業、国際交流と国際手話、手話パフォーマンスなど)を通して、ろう研究を多角的に学んでいる。
今月、特に印象に残った出来事は二つある。
一つ目は、学食での夕食時にろうコミュニティについて議論したことである。聴者学生2名とろう学生5名で、ろう教育の歴史や現在の課題、さらには遺伝子治療の可能性も踏まえながら、ろうコミュニティをどのように守っていくのかを話し合った。
その中で、ある学生が「シオニズムはある意味でろうコミュニティと似ている」と発言した。これは、ある集団が自らの文化や存在を守ろうとする姿勢という点での比較であったと考えられる。しかし、歴史的・宗教的背景をもつ思想を例に出したことで、受け取り方の違いが生まれ、議論は一時的に緊張感を帯びた。センシティブなテーマに触れる際には、背景や立場への配慮がいかに重要であるかを改めて学んだ。
二つ目は、「ろう者学:正常性の強化」という講義で、フランス映画『Wild Child』を鑑賞し、意見交換を行ったことである。森で育った少年が博士の教育によって社会性や言語を獲得していく物語である。ある学生は、自身が普通学校で孤立した経験と重ね合わせ、感動的な作品だと語った。一方で、フランスでろう教育を学んだ経験をもつ学生は、少年を社会に適応させ、その成果を評価する視点そのものに違和感を示していた。
議論が感情的になりかけた中で、私は「映画では少年が成功したと描かれていたが、その成功を誰がどのように判断したのかが気になった」と発言した。私は幼少期に口話訓練を受けたが、その当時は成果を感じることができなかった。しかし現在は大学で学び、仕事も得ている。そう考えると、社会が定めた基準ではなく、自分自身の基準でうまくいっていると捉えることもできるのではないかと感じている。
ギャローデット大学では、多様な専門分野や経験をもつ学生が集まっているため、視点の違いが鮮明に現れる。その分、意見がぶつかることもある。しかし、自身の経験を率直に共有しながら他者の立場にも耳を傾けることこそが、学びを深める鍵であると感じている。今後も対話を通じて視野を広げながら、自らの研究テーマをより明確にし、将来の実践へとつなげていきたい。


